第12話 迷宮の戦い 一


 ダンジョン内にどうやって入るのかと思ったら、目の前で地盤ごとぶち抜きやがった。脳筋にも程がある。


 グルゲストの翼で抉られた大穴の直下、路地裏の石畳から地下10メートルほど掘り下げた場所にダンジョンが通っていた。


 正規の入口から迷宮に潜るのが面倒だったんだろうが、圧倒的な能力の差を見せつけられているようにも感じてしまう。深読みしすぎだろうか。


「ネクサスがダンジョン入口付近で目撃されたのは半日前。どうせ上層でウロウロしてるだろう」


 早々とダンジョン内に着地したグルゲストは、ネクサスの捜索を開始した。俺達は瓦礫を飛び降りて何とかグルゲストに追いつく。


 本当ならナシュアは地上に置いていくはずだったが、今の彼女を1人きりにさせておくのは何となく危険だと思った。


 それに、俺が迷うような素振りを見せていると、彼女が強い視線で訴えてきたのだ。私も行きます、と。グルゲストに対して思うところがあるんだろう。止める訳にもいかなかった。


「で、貴様はネクサスと『繋がり』があると言ったな。それを使ってすぐに見つけ出すぞ」


 俺とネクサスの間に繋がりはない。携帯電話がないから連絡手段なんてないし、かと言って魔法を使えばあいつの位置が分かるというわけでもない。俺達にあるのは、精々精神的な繋がりってところか。


「向こうにいる。グルゲスト、ついてこい」


 適当な方向を指差してそちらに向かう。それでネクサスが見つかったら3対1に持ち込むし、見つからなかったらネクサスが現れるまで一生ぐるぐる回ってやる。


 バレた時のことなんて考えてられない。とにかくナシュアだけは守り抜くのだ。


「……?」


 俺は自分の内心に矛盾を抱えていることに気付く。俺は自分の身が一番かわいいと思っている。絶対死にたくないし、そもそも痛いのとか苦しいのとか大嫌いだ。


 その癖に誰かを守りたい、救いたいと思っている。今の場合、己の身に代えてでもナシュアを守りたいと考えてしまっているのだ。俺程度の人間が誰かを守れるかなんて分からないのに。


 これって普通の感情なんだろうか。

 逃げたいと思う気持ちと、誰かを助けたいと思う気持ちが同居することは。


 ……ネクサスなら、この質問に答えてくれるかもしれない。俺は根拠なくそう確信した。俺の中でネクサスの存在が大きくなっているのを感じる。知り合いが他に居ないってのもあるけど、ネクサスほど達観した人間にはそうそう会えない。


 やっぱり、早くネクサスに会いたい。

 そして沢山の話をしたい。


 この数日、ずっと思っていた。俺も、ネクサスも、ナシュアも、全然話し合っていない。俺達はもっとお互いのことを知るべきなんだ。騎士団襲撃の一件だって、みんなで話していればここまで拗れることは無かっただろう。


 俺の身体のことだって2人に話しておかないと。ナシュアには半ばバレているが、この身体は大賢者ウィンターそのものだ。2人に記憶喪失と嘘をついていたことを謝り、本当の情報を共有しておくべきなんじゃないか?


 そうすれば未然に防げることが沢山ある……気がする。


 とにかく。俺の任務は、ネクサスを見つけること、ナシュアを守ること、グルゲストをぶっ倒すこと。この3つだ。


 俺は罠のありそうな通路をグルゲストに先導させるが、奴は天井落下のトラップや毒ガス噴射のトラップを難なく通過していく。しかも、その全てをまともに食らった上で、だ。


「……あっちだ」


 ダンジョンの悪辣なトラップすら効かないなんて、グルゲストの耐久は怪物級だ。しかも、己の防御力を理解した上で敢えて食らいに行っているまである。あの悪魔を倒すには俺のファイヤーボール級の攻撃手段がないと……。


 ダンジョン内は歩くだけでも疲れが溜まる。暗闇の中に敵や罠が隠れているかもしれないという緊張感、自分がどこにいるのか分からないという不安、単純に歩き続けなければならないという肉体への疲労。


 精神的にも肉体的にも休まる場所のない魔窟、それがダンジョンだ。


 ネクサスの探検から学びを得ていた俺はともかく、ナシュアが肩で息をし始めていた。


「トウキ様、トウキ様。私、胸が、ぎゅ〜って、苦しいです」


 使い捨ての斥候スカウトをさせられていたトラウマもあって、彼女は今にも大粒の涙を零してしまいそうな気配である。


 俺はナシュアの手を優しく握り締めた。魔法があっても、こんな気休めしかできない。


「荷物になりそうならその女は置いていけ」


 苛立つ悪魔デーモン。選択を迫られる中、よくよく耳を凝らさねば聞こえない小さな異音が俺の思考を止めた。


「……?」


 こつん。


 こつ、こつ。


 何だ? 何の音だ?


 ただの環境音?

 モンスターの音?

 他の探検家の足音?


 こつ、こつ。


 ……違う。

 これは合図だ。


 誰かからの「気付いてくれ」という執念の籠った音。この状況でそんなサインを送ってくる人間は1人しかいない。ネクサスだ。ネクサスが俺にだけ分かるように送ってきたサインに違いない。俺は確信を悟られぬよう思考を高速回転させる。


 ダンジョン内に隠れていたネクサスが、歩き回る俺達の会話やトラップ発動の音を聞きつけたのだろう。そして、エルフの俺にだけ聞こえる音で居場所を知らせてくれた。


 ――まさか、奇襲をかけるつもりか。


 ならば……合図を出してやろう。ネクサスがいるのは右手の通路。グルゲストがそこから視線を外しているという確約を出してやるのだ。ネクサスにしか分からない合図で。


「……なぁグルゲスト。聞きたいことがあるんだけど」


「何だ?」


「お前、ネクサスに何をされた?」


 あくまで自然にネクサスの名前を出す。遥か遠くの闇の中で、空気が揺れるのを感じた。彼は俺の合図に気付いている。あとは、右の通路から意識を逸らさせるだけ――


「貴様と同じだ」


「同じ?」


「少し前のことだ。あろうことか、奴に心臓を破壊されてしまってな。吾輩の心臓を傷付けたのはウィンターとネクサスの2人だけだ」


 頭の中にグルゲスト攻略のヒントが転がり込んでくる。奴は心臓を破壊されても死なない。なら頭部を破壊するしかないってことか? もしくは、細胞を一片残らず消滅させるか。


 先んじてその情報を知れて良かった。この会話はネクサスにも聞こえている。会話が無くても、あいつなら俺と同じ攻略法を考えているはずだ。


「……ウィンター。貴様、先程から様子がおかしいぞ」


「何のことだ?」


「何を隠している?」


「お互い様だろ?」


「…………」


「グルゲスト。お前との戦いが楽しみだ」


 心にも無いセリフを吐いた瞬間、文字通り運命の分かれ道に辿り着く。丁字路のようになった構造である。


 右にネクサス、左には暗闇。グルゲストが周囲を見始めたのを確認して、俺はネクサスのいる右の通路とは逆――左の通路を指さした。


「あ! !」


 反射的に左に振り向くグルゲスト。


 次の瞬間、地を這うような音が響き渡り――


 斜め前を歩いていたグルゲストの首筋を鈍色の一閃が撫でた。


「があぁっ! ウィンター貴様、謀ったな!!」


 グルゲストの首から赤色が噴き出す。致命傷かと思ったが、奴は人に非ず。人の姿からあっと言う間に変異し、漆黒の悪魔デーモンに変わり果てた。瞬く間に傷が塞がっていき、周囲の肌よりも薄い色となった新たな肌が生えてくる。


 やはり、頭部への攻撃は無力。回復力が尋常ではない。


「ネクサス、どこ行ってたんだよ!」


「お前こそ何故グルゲストと居た」


 グルゲストの意識外から不意打ちを決めたネクサスは、ロングソードを構えながら敵の前に立ち塞がった。


「いずれにせよ――」


「こいつを倒さないといけないな」


 ゴッドハンドを繰り出し、巨大な手で牽制するようにしてネクサスの隣に立つ。過去に悪魔グルゲストの心臓を破壊した悪魔狩りデーモンハンターが剣を並べている。こんなに心強いことはない。


「大賢者ウィンター、貴様。まさか人間共に与するつもりか?」


「何か悪いか?」


「吾輩との決闘を放棄してでも勝ちたいと?」


「そうだ」


「愚か者め。地に落ちたな」


「生き残るためだ。悪く言うなよ」


 俺はグルゲストを睨めつける。残念ながら、今のウィンターの中身は俺だ。偉大さとか高潔さとは無縁である。


 それに、タイマン勝負なんてのは人の目のある場所で行うもんだろ? ゴブリン共が当然のように数的優位で立ち回ってくるのに、俺達がそんなことを守ってやる義理はない。


 とにかく生きて帰る。それが出来たら万歳だ。


「ネクサス、翼に気をつけろ」


「分かっている。持久戦は不利だ、1分で蹴りをつけるぞ」


「抜かせ、下郎共」


 冷たい声で吐き捨てるグルゲスト。

 悪魔デーモンとの戦いが幕を開けた。

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