第8話 探検の成果と今後について


 その夜、俺は必死になって少女を介抱した。水を飲ませたりボロ布の代わりの服を用意していると、彼女は次第に口をきいてくれるようになった。


 彼女の名前はナシュア。黒髪黒目、細身の少女である。


「おねがいします、捨てないでください」


 この通り、和やかな世間話もこなせる程度には回復した。


「いやだから、俺達はナシュアを捨てる気とか全然ないから」


 どうしてこっちで出来た知り合いは地雷持ちばかりなのだろう。


「このガキは恐らく使い捨ての斥候スカウトだ。仲間とはぐれたか見捨てられたか……まぁ良くあることらしいがな」


「本当に治安が悪いな」


 はぁ。良いことも起こるけど、基本的には本当に嫌なことばっかりだ。現代日本もこっちもロクなことがねぇ。


「なぁネクサス。こういう子を売ったらどのくらいの値段になるんだ?」


「奴隷のガキの値段は基本的に銀貨1枚ってところか。ちなみにこの石板は金貨10枚はくだらないだろうぜ」


「へ〜」


 俺達の会話にがたがたと震えるナシュア。大丈夫、君を売り飛ばす気はないんだ。俺が無知でネクサスがノンデリなだけだから。


「ナシュア、お前は何故ダンジョンの中にいた? そもそも何故お前のような南の人間がこの帝国にいる? 全て話してくれ」


「……かしこまりました、ネクサス様」


 怯え切ったナシュアがぽつりぽつりと話し始める。


 彼女の生まれは南の島国で、帝国と戦争が起こるまでは平和に暮らしていたという。生まれ故郷が帝国の騎士団に蹂躙されると、帝国に連行され労働者としてこき使われた。この時に家族と離れ離れになったらしい。


 ある日、労働者として働くナシュアを購入したいという探検家が現れた。彼らの目的は、ダンジョンをより楽に探索するための斥候スカウトを買い付けることだった。


 だが、危険な土地の斥候にわざわざ少女を選んだ理由が引っ掛かる。……いや、考えなくても分かるか。さっきネクサスが後頭部を掻こうとして手を上げた時、ナシュアは小さな悲鳴を上げていた。多分そういうことなんだろう。


 現代日本と常識が違いすぎて、話を聞いているだけでこめかみが痛くなる。


「それからは知っての通りです。私はゴブリンに捕獲され、丁度付近を通りかかった皆さんの囮役として使われました」


「く、暗い話はこの辺にしようぜ! な、ネクサス! もう良いだろ?」


 俺が2人の間に割って入ると、ネクサスは小さく頷いた。


「……そうだな。だが最後に質問していいか?」


「はい。なんでしょう?」


「お前の故郷を襲撃した帝国騎士団は誰が指揮していた?」


「……すみません、そこまでは。でも、グルゲストという名前をよく耳にしたのは覚えています」


「グルゲスト……そうか。嫌なことを聞いて済まなかった」


 最後の質問の後、ネクサスの口数がめっきり少なくなってしまった。帝国騎士団がナントカって言ってたけど……気になることでもあったんだろうか。


 翌日。ボロ屋に一泊した俺達は、ナシュアを連れて古びた雑貨屋にやってきた。


「いらっしゃい。あぁ、ネクサスさんですか」


「良いモン手に入れたぜ」


「……そちらの御二方はお連れの方ですか?」


「そんな感じだな」


 俺はフードを脱いで軽く会釈する。すると、店員の顔が固まった。視線がエルフ耳に向けられているのに気付いて、何かしくじったかなと思ってしまう。


 だが、店員の口から続く言葉を聞いて安心する。


「いえ、その、エルフの女性と初めて会ったもので、綺麗だな……と」


 ふむ、俺にもようやくモテ期が来たようだ。お姉さん、お友達からスタートしてみませんか。


「勘違いするな。こいつ、喋るとゴミだ」


 は? ネクサスてめぇ。


「そうなんですか?」


「試してみるといい」


「初めまして!」


「あっへへ、俺の名前はトウキです。はっ初めまして……」


「な?」


「なるほど、そういうことですか」


 な、何だよ。初対面のお姉さんと目を合わせて会話しろって普通に難しい要求だろ。コミュ障の何が悪いってんだよ。


 納得できないまま一連の流れが終わると、石板を鑑定していた店員がネクサスに金貨10枚を手渡す。本当に物凄い値打ちの一品のようだ。


「またいらしてください〜」


 店を出てから、そういえばこの世界のお金の事情に疎いことに気付く。金貨1枚で10万円くらいの感覚なのかな?


「金貨1枚あれば何日暮らせるの?」


「半年は遊んで暮らせるな」


「え? じゃあ俺達しばらくダンジョン潜らなくていいじゃん」


「そうなるな」


 衝撃の事実。あの石板のどこに金貨10枚の値打ちがあるのか問いただすべきだった。


「折半でいいか?」


「もちろん。むしろ半分も貰っていいのか?」


「構わない」


 俺とネクサスは金貨5枚ずつを分け合う。その後、死亡フラグになりかけた“良い店”でご飯を食べた。ナシュアは「こんな良い物食べられない」と拒絶していたが、俺とネクサスで無理矢理食べさせて腹を膨れさせた。


 その帰り道、金貨を握り締めたネクサスが家とは別方向に歩き始めた。どっちに行ってんだよと笑ってやると、彼は真剣な様子でこう言った。


「トウキ、ナシュアを頼む。一旦別行動だ」


「え? どっか行くの?」


「あぁ。しばらく帰ってこないかもしれん」


 ネクサスはそう言い残すと、俺とナシュアを置いてどこかに歩いていった。なんか今生の別れみたいな雰囲気がしたんだけど、流石に気のせいだよな……。


「まぁ、夜になったら例のボロ屋に帰ってくるでしょ。ナシュア、俺達は家で待ってようか」


「了解しました」


 こうしてボロ屋で一晩中ネクサスの帰りを待ったが、彼は帰ってこなかった。


 ナシュアに手伝ってもらいながら食材を購入して、火の魔法でぐつぐつ煮込んで、腕によりをかけたシチューを用意してやったってのに。わざわざ料理した日に限って帰ってこないなんて、何なんだよあいつ。


「晩飯が冷めちまったじゃねーか」


 ネクサスのいない夜がこんなに静かだったなんて。元々口数の少ない人間ではあったが、居るのと居ないのでは天と地の差がある。


 朝がやって来ても尚、帰宅の足音は聞こえてこない。朝日が昇り、鳥のさえずりが聞こえてくるまで、ボロ屋の中に蹲りながらネクサスの帰りを待つ。


「トウキ様、お休みになられないのですか」


「…………」


「もう丸1日寝ていませんよ」


 ネクサスを最後に見てから24時間が経過した。結局、奴はこの家に帰らなかった。


 もしかしたら、金貨を巡ってトラブルに巻き込まれたのかもしれない。あいつは数年間遊んで暮らせるだけの金を裸で持っていたのだ。手癖の悪い人間に狙われたのかも。


 ネクサスが有象無象に負ける程度の男には思えなかったが、俺は街の人間に聞き込みをするべく外に出た。


 隻腕の男を目撃すればきっと忘れられないだろう。聞き込みの結果、すぐに隻腕の男を見かけた住人を見つけた。


「アンタ知らないの? 隻腕の男が帝国騎士団の拠点を爆破したって話よ!」


「は、はぁ!?」


「死人も出たらしいから、騎士団はその男を血眼になって探してるわ。捕まったらきっと絞首刑じゃ済まないでしょうね〜」


 ネクサスが帝国騎士団の拠点を襲撃した? 人を殺した? 意味が分からない。あいつがそんなことをする訳ないじゃないか。


 ショックで脚が縺れて、ナシュアに支えられる。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ……ごめん。大丈夫だ」


 そうだ。俺は――俺はネクサスのことを何も知らないんだ。知っていることと言えば、19歳の探検家という大したことの無い情報くらいで。


 いつか教えてくれるだろうと高を括って、俺はネクサスの過去を知ろうとしなかった。


 知らなくては。彼のことを。


「ネクサス……あいつは人殺しをするような人間じゃない。絶対……絶対に嘘だ」


 俺が確かめてやる。ネクサスの無実を。


 ネクサスに会いに行こう。


 出会って数日しか経っていないけど、あいつはダンジョン内の知識や戦い方を教えてくれた師匠であり、初めて出来た友達でもあるんだ。


 こんな終わり方は絶対に許さない。俺は急いで自宅に帰り、現状を再確認し始めた。

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