第5話 ダンジョン 一


 昨日はネクサスが借りているボロ屋にお泊まりした。風雨さえ凌げたらオッケーとでも言うようなスカスカの家。寝心地は最悪だったが、野宿より遥かにマシであることは言うまでもなかった。


 さて、本日は再びダンジョンに潜ってお宝探しの予定である。入口付近に立った途端、洞穴になった内部から生臭い風が吹いてきて、早速心が折られそうになる。


 温室育ちの現代人には辛すぎる。危険も恐怖もフィクションの中だけで良かったのに。友情とか、恋愛とか、偉業達成とか、金銀財宝とか……冒険の美味しい部分だけ摘める感じなら最高だよね。そんな泣き言を漏らしていると、ネクサスのマジレスが俺の胸に突き刺さる。


「じゃあ何だ? お前は危険な目に逢いたくない癖に、一発当てて大金を稼ぎたいと?」


 く、くるしい。正論に殺されてしまう。

 でも、悪いかよ。俺は努力も苦しいことも大嫌いなんだ。


「本当にお前は面白い奴だな」


 おもしれー女認定までされてしまった。その割にはネクサスがニコニコで面白く……ない。


「これを着てくれ」


 ダンジョン突入直前、ネクサスが防具を手渡してくれた。肩や腹部の露出した今の服装は戦闘を舐めているということで、魔法使い用に拵えられた鎖帷子を着なさいということらしい。


 今の俺の服はエルフに伝わる民族衣装なんだけど、生地が薄く危険だらけのダンジョンにはそぐわない。防具を着てほしいネクサスの考えは十分に理解できた。


 帷子の上から服を着込み、耳を隠すためのフード付き外套を羽織る。


「ありがとう」


「おう、行くか」


「今日の目標は?」


「初めてタッグを組んで探索するわけだからな。今日の飯代を稼ぐのは当然として、とりあえずお互いの振る舞いに慣れることが第一目標だ」


「りょーかい」


 ダンジョンとは、地下空間に広がる魔の領域。地獄に繋がっているとされる無限の回廊である。探検家を呼び込むためなのか、おあつらえ向きに宝箱や希少素材が各地に設置されている。不思議なことに、誰が創った物なのかは分からないんだとさ。


 ダンジョンの入口には見張りの兵士がいて、無謀な挑戦をしようとする若者を弾く役割がある。その他にも、ダンジョン内から漏れてくるモンスターを閉じ込めておく役割を担っているらしい。


 ネクサスがその兵士と軽く会話をすると、ダンジョン内へと続く道に通された。


 いよいよ、地上に口を開いた迷宮に足を踏み入れる。また戻ってきてしまった……。俺は日本に帰りたいだけなのに、どうしてこんなことに。


 ネクサスは先日通った道と別の道を選択して進んでいく。なるべく他の探検家に荒らされていない道を選んでいるのだろう。松明のない道は未だに未探索なのだ。


「気を引き締めろよ。ここからは未知のエリアだ」


「聞いてなかったんだけど……探検家の死亡率ってどれくらいなの?」


「1年間で3人に1人は死ぬ。気付いたら知り合いがいなくなってるなんてのはザラだ」


 おい、死亡率33%ってヤバすぎるだろ。一攫千金の夢があってもそんなに危なかったら誰もやらんわ。


「どんな時に死ぬか知りたいだろ。例えばこういうトラップでみんな死んでいくんだ」


 ポケットから木の棒を取り出したネクサスは、その棒である一点を指し示す。暗闇の中の足元。そこにはピアノ線ほどの細いワイヤーが張られており――


 ネクサスが棒でワイヤーを途切れさせると、真上から棘付きの天井が落下してきた。静寂なダンジョン内に、鎖の落ちる音と鋼鉄が地面に激突する音が響き渡った。


「〜〜〜〜っ」


 あまりの爆音に俺は腰を抜かしてしまう。全然気付けなかった。ネクサスはトラップの位置を完全に把握していたらしい。


 ……だ、ダンジョンのトラップって、普通のゲームだったらしょぼいダメージくらいで済むものなんじゃないの? この前の回転刃ドアノブといい、落下天井板といい、殺意高すぎない……?


「狼狽えるな。もうひとつトラップがあるぞ」


「え」


 カチッ。


「おい」


 ネクサスの声がした瞬間、ビビった俺は足元にあったスイッチを踏んでしまった。


「そういうのは先に言ってくれないと困るよ」


「それもそうだな、次から気をつける」


 トラップが発動すると、頭上から壁が下りてきて前後の通路が塞がれる。分厚い岩の壁だ。しかも最悪なことに、その壁がじりじりと狭まり始めているではないか。


「や、ヤバい。このままだと潰される!」


 石臼を回すかのような音を立てて狭まる壁。些細な抵抗とばかりに壁を押し返そうとしたが、鋭い棘が飛び出してきて悲鳴を上げてしまう。


「ギャ――!」


「落ち着け。やれることを考えるんだ」


「あ、あぁ! 確かに! 魔法撃ってみるわ!」


「魔法杖も無しで撃てるのか」


「一応な!」


 魔法はイメージの世界だ。全てが自由で、制限するものは何もない。こっちの世界に来て一番最初に読んだ本――ダンジョン内の秘密の部屋に置いてあったやつ――にそう書いてあったと記憶している。


 蟻が象を踏み潰すことはできない。しかし、魔法の世界ではできる・・・。強い魔法使いとは、蟻が象を踏み潰せるとイメージできる自由な者だ。


「俺のせいでこうなったんだ! 俺が何とかする!」


 現代日本で溜まりに溜まった怨嗟を解放し、壁をぶち壊す拳の形をイメージする。どす黒い魔力の靄が背中から伸びていき、俺の身体の数倍はあろうかという黒い拳が出現する。


 魔法使いの技と言うよりは武闘家モンクの技のよう。しかも、出現した漆黒の拳はどう見ても悪役のそれにしか見えない。


 普通だったら――火とか水とか風とか――もっと良い感じの魔法が使えると思うんだけど、こういう土壇場でドロドロした黒い魔法が現れるのは如何にも俺らしい。


「ぶっ壊せ――」


 振り抜いた拳に呼応するように、暗黒の拳が前に飛び出す。壁からせり出した棘を破壊し、巨大な拳が分厚い岩の質量にぶち当たる。


 狭まってくる壁の抵抗感が俺の身体にダイレクトに伝わってくる。それでも、俺がイメージしたのはちゃち・・・な魔法じゃない。今までの鬱憤を全部乗せた最強の力なんだ。


 ピシ。乾燥した岩の音が響く。


 壊せる。何とかなる。一瞬の拮抗の後、俺達の行く道を塞いでいた岩の壁は木端微塵に砕け散った。


「やっ――!」


 粉々になって崩れ去る壁。びりびりと痺れる身体。視界が明るくなり、胸の中から喜びが湧き上がってくる。


 この世界に来てから味わった、初めての成功体験だった。


 元々、この身体は大賢者ウィンターのものだ。貯蔵されている魔力に関して心配する必要は無かったんだろう。


 ダンジョンの悪辣なトラップを突破した俺達は、安全な場所に退避して一息ついた。


「お……驚いた。お前、無詠唱で魔法を撃てるんだな」


「ハァ、ハァ。まぁな……」


 詠唱なんて非効率だし止めた方がいいよ。魔法の世界で効率求めてどうするんだよって感じだけど。


「身体が勝手に動いたんだ」


「極限の状況に立ち向かえる者は強い。お前はいい戦士になる」


「はは、冗談やめろよ」


 大真面目な顔でネクサスが言ってくれてるけど、俺としてはそもそも極限の状況に立ち会いたくない。少し息を整えてから、俺達はダンジョン探索を再開した。

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