第4話 お金が欲しい
ネクサスの隣について行く形で歩いていくと、立派な石造りの城壁都市が見えてきた。俺達がいたダンジョンの入口は森の中にあり、すっかり見えなくなっていた。
ネクサス曰く、この街の名前はヴォイスというらしい。俺はフードを被り直して、衛兵の隣を抜けていった。
「めっちゃジロジロ見られた……」
「そりゃ見るだろ。お前の外見は嫌に目立つ」
飄々とした様子のネクサスについていく。薄暗いダンジョン内じゃ分からなかったけど、こいつ相当鍛えてるな。背中はデカいし、胴は分厚い。パッと見は細身なのに不思議だ。
「ネクサスって何歳なの?」
「オレ? 何歳だっけ。19歳くらいかな」
「じゅうきゅ……全然見えないんだけど。俺より歳上かと思った」
ネクサスは背が高い。ウィンターの身体が何センチか分からないんで細かいことは言えないんだけど、180センチは超えているだろう。鋼のような筋肉が蓄えられている上、容姿が歴戦の戦士すぎてどれだけ若く見積もっても20代後半に見える。
「長寿種族のお前より歳上なわけないだろ。寝ぼけたことを言うな」
それは確かに。しかし身体はババァでも、俺の精神年齢は20歳なんだよなぁ。
ふ〜ん、19歳ね、なるほどなるほど。ネクサスの人となりが段々と分かってきたぞ。隻腕になった事情は流石に掘れないけど、仲良くなったらそのうち話してくれるでしょ。そこまで意気投合できるか知らんけど。
談笑しながらヴォイスの街を歩いていると、俺は自分の身体に纏わりつく妙な居心地の悪さを覚え始めた。
それは初めての街だから
「どうしたトウキ」
「何か変な感じがする」
「?」
エルフの耳はしっかり隠している。雰囲気で美人だってバレることはあっても、そんなに目立つことはないと思うんだけどなぁ。
なんとなく周囲の野郎共を一瞥すると、理由が判明した。どいつもこいつも俺の身体をガン見。チラ見もいるが、とにかく夢中だった。面白いくらいに鼻の下を伸ばしている。
「なるほど」
違和感の正体は欲望剥き出しの視線だったわけか。
意識的だろうと無意識的だろうと、男は女体を目で追ってしまう。残念ながら男はそういう風に出来ている。俺もその対象になっていたわけだ。
まぁ、男だったら俺もジロジロ見てただろうし、今日のところは許しておいてやる。次は無い。気持ち悪いから。
「ネクサス、さっさとご飯食べにいこうぜ」
俺はネクサスに貰ったフード付きの外套で身体の前面を隠すと、彼を急かすようにして店の中に入った。
椅子に座ると、くぅ、という可愛らしい音がお腹から聞こえてきた。そういえばこっちに来てから飯を食ってない。魔法で生成した水は口にしたけれども。
慣れない土地へ旅行する時に軽視しちゃいけないのは、現地の料理が口に合うかどうかだ。うまい、まずい、といった味付けの問題はもちろん、腹を壊してしまうようであれば深刻である。
食欲を唆る見た目であれば嬉しいんだけど……。俺としてはマンガ肉みたいな料理を期待してしまう。
「お待ちどお」
運ばれてきた皿には、野菜炒めらしき案外普通の料理が乗っかっていた。同時に、ツンとした独特の匂いの飲料――多分発泡酒みたいなやつ――がテーブルの上に乗せられた。
料理はドカ盛り。コップも樽みたいにデカい。ワイルド爆食系異世界飯だ。
「い……いただきます」
「? いただきますって何だ?」
俺はネクサスの声を無視して、無造作に置かれたフォークらしき食器を手に取って野菜炒めを頬張った。
「……美味しいかも」
あまりにも無感動な感想だが、普通に美味しかった。普通に。葉っぱとか肉が所々焦げてるのが男飯って感じで、そこだけは店じゃ食べられない味かなって思う。
総括するなら、嫌いじゃない味ということだ。食べた瞬間胃が痙攣するような劇物じゃなくて良かった。食あたりも無さそうだし。
発泡酒は味が薄くて舌がヒリヒリした。めちゃくちゃ辛い。気に入った。
「うまいか?」
「うん」
しかもネクサスの奢りなんでしょ? 人の金で食う飯がいっちばん美味いんだ。マジでありがとう。
「ところで、ネクサスって何で探検家してるの?」
「仕方なく。この身体じゃマトモな働き口なんてないからな」
「あ……ごめん」
空気を悪くしてしまったような気がして、急にご飯の味が薄くなった。空腹感が遠のき、喉の奥から空気がせり上がってくる。
違うんだ。俺が聞きたかったのは、もっとポジティブなことで。腕のことを暗に指摘したかったわけじゃ……。
「何でお前がショック受けてんだよ。別に普通だろ」
ネクサスはくつくつと笑って発泡酒を煽った。逞しい喉仏がうねって、大樽みたいなコップがあっという間に空になった。この世界じゃ珍しくないことらしく、本当に気にしていない様子だ。
「で、トウキは何か思い出せたのかよ?」
「あ、あぁ。俺、どうしても会わないと行けない人がいるんだ」
「ほう」
「でも、どこにいるか分からないし、何なら死んでるかもしれない」
「名前は?」
……ウィンターの名前、言っていいのかなぁ。俺の身体が本人様だから、下手に大賢者の名前を出しちゃうと怪しまれる可能性がある……って、記憶喪失のエルフって設定だし怪しいのは今更か。
どうせ話すんだったら早いほうがいい気がする。俺はネクサスを信頼すると決めているんだから。
「大賢者ウィンターってやつを探してるんだ。知ってる?」
僅かに声色が緊張した。どんな反応が返ってくるのだろう。ネクサスは眉間に皺を寄せて答えた。
「少しだけ聞いたことがある。偉大な魔法使いだったらしいが、100年以上前に姿を消したらしい。死んだんじゃねーかって噂だぜ」
死んだ? ウィンターが? 俺をこっちの世界に寄越しておいて?
……でも、100年以上前って何だ?
この身体ってウィンター本体じゃないの?
まだ情報が足りないな。判断しかねる。
「その話、本当なのか?」
「知らん。実はどこかで生きてるって言う奴もいるぜ」
「あ〜、なるほど」
本能寺の変が起こった後も実は織田信長が生きてた! みたいな話になってるのか。何も信じられないな。
「歴史書ってある?」
「あるにはあるが、平民じゃ入れねぇ場所にあるぞ」
「そっか……」
となると、大賢者ウィンターの手掛かりは皆無ってことか……。
「どうしよう」
「どうするもこうするも、生活するには金がいるだろ。そっちが先決だ。お前は記憶喪失なワケだが、どうやって金を稼ぐつもりなんだ?」
ネクサスがニヤニヤしながら言う。そうなのだ。ウィンター探しで悩む前に、生活のためのお金が必要なのだ。今はネクサスに奢ってもらってるけど、流石にずっとこのまま……というわけにはいかない。
でも俺は働き口のツテがないし、我儘を承知で言うなら二度とダンジョンに潜りたくないのだ。
くっせぇし、狭ぇし、怖ぇし、あそこは人の行く所じゃない。楽して稼ぎたい。もしくは働きたくない。引きこもりたい。
「働きたくない」
「何言ってんだお前」
「養ってくれない?」
「バカか?」
当然切り捨てられる。ですよね。
新たに頼んだ発泡酒を一口啜ると、ネクサスは声を潜めて言った。
「……だが、稼げる方法ならあるぜ」
「マジ!?」
「娼婦だ」
「うっ」
テンションを上げてから突き落とす。話の上手い奴だ。
「トウキの容姿を活かすって意味ではそれ一択だな。種族的にも希少価値は高いだろうぜ」
娼婦。挿入する方ではなく挿入される方だ。
「どうだ?」
どうだも何も、絶対に嫌だ。心が男なもんで、耐えられないだろう。この世界の衛生関係がどうなっているか知らないが、病気を貰っちゃいそうだし。
めちゃくちゃ嫌そうな顔をした俺に対して、ネクサスは「まぁまぁ」と手を上げた。
「実は娼婦に関する逸話があるんだが――」
――その昔、魔法に秀でた娼婦がいたらしい。彼女はその美貌もあって順調に客足を伸ばしていったが、ある日奇妙な噂が流れ始めた。
それは、“彼女のアソコが異空間に繋がっているのではないか?”――という噂だ。
最初は相手にされなかったその話題だが、オレは割れ目を2つ目撃したぞという客の証言が多数寄せられたこともあり、女好きの魔法使いが真相を確かめるべく彼女と一夜を共にした。
「そしたらどうなったと思う? 何とその女、アソコに時空の割れ目を設置してサキュバスのナカに繋げてたらしいんだ! 何でも、好きな奴のために処女を失いたくなかったらしい」
「…………」
「その事実を知った男共だったが、騙されていることを知りつつも彼女を買い続けたんだってさ。胸が熱くなる物語だろ? ……あん? 面白くなかったか?」
個人的にはちょっと面白かったけど、これを聞いて娼婦になるかって言われても答えは変わらない。なりたくないかな。
「身体は売らない方向で……」
「ふ〜ん、そうか。でもなぁ……記憶のねぇお前を雇ってくれるところなんてどこにもねぇ。つまり……」
「つまり……?」
「結局オレ達にはダンジョンしかないってことだ」
3Kの揃った俺の働き場所が今決定した。
もちろん3Kの内訳は、危険、汚い、きついのKである。
こうして翌日、俺達は一攫千金を求めてダンジョンに潜入することになった。
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