8話:撮影と最終下刻時刻、校舎響唄唄唄


「はい、じゃあスタート」


 氷雨部長の合図で俺は録画を開始した。


「初めまして、創作活動部二年の雪見ゆきみ銀花ぎんかと申します」


 そしてカメラの先にいるのは引きつった表情の雪先輩だ。


「創作活動部はーー」

「カ~トッ! 雪ちゃん、緊張してる? 固いよ、リラックスリラックス」

「う、は、はい……」


 俺がカメラ係なのはいい。

 ただ一番話すのが得意そうな氷雨部長はなぜ監督役なのだろう。


「部長が映るんじゃないんですね」

「んー? 私も撮るよ。 後でね。 あ、深紅くんもやってもらうから」

「えぇ? 正直、俺と雪先輩は撮るだけ無駄じゃないですか?」


 どうせたどたどしくて、見るに堪えないものになるに決まってる。 部長の意図が俺には分からない。


「いやいやそんなことないよ。 確かに私はお話は得意かもね。 こういう動画も向いてるとは思う。

「ならどうしてですか?」

「だけど雪ちゃんにも君にもそれぞれに良いところ、才能はあるんだ。 それを私が見つけて、磨いて、輝かせたいの」


 雪先輩は台本のメモを繰り返し読み込んでいる。


 その様子を見ていた氷雨部長は振り返り、手を合わせて言った。


「必ず見つけるから、ちょっとだけ付き合って! お願い!」


 こんなにも眩しくて、悪意の感じない人に俺は初めて見たかもしれない。


 雪先輩と部長の間に何があったかは分からないが、この人を心酔する理由が俺にも少し理解できた。


「分かりましたよ。 俺の時はお手柔らかにお願いします」

「りょーかい!」


 ただ同時に懸念も増えた。


 こんなに眩しい光は様々なものを引き寄せるだろう。


 街灯に群がる虫のように、悪意に犯された者たちが近づいてくるのだ。


 俺はヒーローをやめた。

 何か問題があれば教師が、警察が、そしてヒーローが対処してくれる。


 俺が誰かのために戦うことはない。


 ただ自分に害を成すのであれば、火の粉を払うくらいはしてもいいだろう。






――h


「ねえ、今なんか聞えなかった?」


 すでに薄暗い廊下。

 

 最終下刻時刻を知らせるチャイムが鳴って、慌てて廊下を進んでいた俺たちは雪先輩の一言で立ち止まった。


「いや気のせいでしょ」


――hh


「やっぱり聞こえる……唄?」

「や、やめてよ雪ちゃん! 気のせいだって! ね!」


――h


「あ、聞こえた」

「だよね、やっぱり」


 どこからか聞こえてくる微かな声。


 俺がそう言うと部長は青い顔で自分の体を抱きしめた。


「無理無理、私怖いの無理だから! やめて、お願いだから!」

「いやそんなこと言われても」

「怯える氷雨さん、かわゆい」

「あんたは鬼か……」


 とはいえ部長を怖がらせるつもりはないが、俺の耳が確かであれば声は近づいてきているような気がした。


――hhh


――hh


「まあ正体を暴く必要もないし、さっさと帰りましょう」

「……君のその適当さはホラーには無敵だね」

「それはどうも」


 雪先輩も少し怖くなってきたのだろうか、引きつった笑みを浮かべて言った。


 この世に人ならざるものがいることを俺は否定しないが、結局物理で殴れば大体解決できると思っているタイプだ。 それにこういう類に詳しい同業がかつて言っていた言葉がある――


『認識しなければ存在しないのと同じだから』


 しかしもしも視えてしまったら、どう対処すればいいかまでは教えてもらっていなかった。


(聞いておけば良かったかな)


「ひっ」


 曲がり角から、ゆらりと少女が現れた。


 彼女の体は透き通るほど薄い。


「幽霊初めて見た。 撮ってプロモに使います? バズりそうじゃないですか?」

「私は何も見ていないみえないみえないみえないああああああ」

「君のクソ度胸が羨ましいよ、後輩。 逃げるよ!」


 雪先輩は勇ましく部長の手を取って、踵を返した。


 確かに不気味だが、何かをされたわけでもないし、何かできるわけでもない。


 俺も二人に続こうとしたその時、


「マッテ」


 幽霊が項垂れていた顔を上げて、喋った。


 俺を見つめてくる真っ黒に塗りつぶされたような瞳は飲み込まれそうだ。


「イカナイデ……ヒトリニシナイデヤダヤダyダアアアアアア」


 俺は幽霊の、の叫びを聞いて足を止めた。


 彼女の体から微かに黒い靄が立ち上る。


 それはヒーローをしている時によく見たものだった。


「俺の対処できる領域だったか」


 それは人に取り憑き、感情を喰らう悪しきもの――


――心棲虫しんせいちゅうの証である。


 このまま放置されれば全ての感情を喰らわれ、彼女は良くて廃人。 最悪世界を脅かす悪となる。


「もうヒーローはやめたけど」


 しかし今ならまだヒーローとしてではなくの範疇でなんとかできる。


「通りすがりの女の子にいた虫を払うだけだ」


 単なる言い訳だということは分かってる。


 それでもこれは断じてヒーロー的行為ではないのだ。 俺は自分にそう言い聞かせた。






 

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