7話:空席とプロモ
***
学校という場所は悪しきものにとって格好の餌場となる。
「はあ」
保健室でため息を吐く少女は、未だ教室に一度しか行ってない。 入学早々、保健室登校となった彼女は、退屈そうにスマホを弄って、気が向いたら勉強して過ごしていた。
彼女は毎朝、保健室の先生を見送った後、鏡で化粧直しをすることがルーティンなのだが、
「ああ……こんなところに傷だぁ」
自分の首筋に付いた、小さなみみずばれのような傷を触って首を傾げた。
「寝ぼけてかいたかな……」
とはいえ気にもならない、些細なことだーー
ーーしかしその時、すでに彼女に悪しきものが取り憑いていた。
それは彼女の感情を食らい、育ち、いつしか世界を脅かす凶悪へと成長する。
それと戦えるのはヒーローだけである。
***
「では出席を確認します」
視線の先には入学以来、一度も埋まったことのない椅子と机がある。
(病気? それとも引きこもりってやつか?)
入学早々から休みが続くなんて哀れだ。
すでに友人グループが出来つつある現在、今さら登校してきたところでそこに入る余地はなく、寂しい学園生活を送ることになるだろう。
「(実際に勝手が分からず時期を逸し、絶賛ぼっちの俺が言うんだから間違いない)」
自分で言ってて悲しくなった俺は、ため息を吐いて机に伏せた。
「
「……はい」
すかさず教師竜胆から注意が入り、俺は体を起こす。
もしも人気者であれば笑いの一つでも取れた場面だろう。 しかし俺みたいなぼっちは悪目立ちするだけで、教室は静まり返っていた。
(許さんぞ……クソ教師)
俺は理不尽な怒りを込めて、竜胆を睨みつけるが彼女は気にした様子もなく、むしろ心配そうに「お手洗いに行きたいのなら、我慢せず行ってきてください」と追撃してくる。
「いえ、大丈夫です……」
「そうですか」
ヒーローであっても思春期の男の子に対して、公衆の面前でその発言は良くないと思うんだ。 強い羞恥心のせいか本当にお腹が痛くなってきて、授業開始と共に俺の耐久が始まるのだった。
○
「
「何のムーブなんすか……まあ全然ダメっすね!」
放課後、部室へ向かうと雪先輩が先に来ていた。
「いや、ふざけてる場合じゃないよ? 廃部になっちゃうよ? 死ぬ気で友達作ろ?」
「その言葉そっくりお返ししますよ」
「一年間楽しかった。 ありがとう創活、ありがとう氷雨さん」
「友人作りは、それほどの無理難題だったのか」
ハイライトの消えた瞳で呟く雪先輩に引きつつ、実際どうしたものかと俺は頭を悩ませる。
部活に思い入れなんてないが、廃部になって帰宅部になることだけは俺の青春計画的に絶対ありえない。
とはいえすでに他の部活も活動し始めているわけで、途中入部するのは中々ハードルが高いだろう。
「友達ってどうやって作るんだ……?」
「私はよく分かるよ、その気持ち」
「そんなに難しく考える必要ないんじゃない?」
部室に入ってきた氷雨部長は不思議そうに言った。
「氷雨さん、こんにちは」
「こんにちは、雪ちゃん。 後輩に変なことばっか言ってない?」
「はい! もちろん言ってないです!」
「……態度変わりすぎだろ」
俺と話すときと違って、雪先輩はまるで飼い主に構ってもらってしっぽを振る犬のようである。
ーー黙れ、余計なことを言えば殺すよ?
睨み付けてくる雪先輩の目は殺意を伴っていて恐ろしかった。 俺はため息を吐いて、氷雨部長に尋ねる。
「氷雨部長ならどうやって友達を作りますか?」
「うーん、どうって普通に挨拶して、話せばいいじゃんね」
千里部長にとって友達を作ることは考えるまでもないほど簡単なことなのだろう。 しかしそれはコミュニケーション弱者のレベルに合っていない。
「違うんです、氷雨さん」
「そうじゃないです、部長……僕らはもっと根本的なことを教えて欲しいんです」
「え、えぇ? でも他に言いようがないというか。 明るい声でハキハキしてれば大丈夫じゃないかな?」
「「それで出来たら苦労しない」」
氷雨部長の言うそれは、まさにどこかで聞いたことのあるフレーズだった。
雪先輩ももしかして友人を作ろうと頑張った時期があったのだろうか。 俺は雪先輩と顔を見合わせた。
「なんかごめん……」
「氷雨さんが謝ることはないですよ。 私たちが社会に適合できてないだけなので」
「私たちはって……俺も入ってます?」
わざわざ言わないが、学校生活をまともに送れなかった俺は今ようやく人とのかかわり方を学んでいる途中なのだ。 故に雪先輩と違って伸びしろはあるはずである。
「何? 哀れみの表情で頷くのはやめなさい」
「いえ、別にー」
「はいはい、二人ともそれくらいで。 とりあえず考えてきたことがあるんだけど、いいかな?」
千里部長はそう言ってスマホで動画を流し始めた。
『初めまして、私たちは○○高校の』
『活動内容はー』
『はい! みんな自己紹介と、何か面白い一言!』
うちではない、他校の部活紹介プロモーション動画のようだ。
明るいテンションに、うざい無茶ぶり。
すごく嫌だ、見ているだけでムカムカする。
きっと雪先輩と俺は同じような顔をしていたのだろう。 氷雨は苦笑いして言いいずらそうに言った。
「私たちもやってみない……?」
「喜んでっっっ!!!」
血の涙を流しそうなほど苦渋の表情で、雪先輩は叫んだ。
「おま……雪先輩は部長に弱みでも握られてるのか……?」
「いやいや! そんなことないから! 雪ちゃんが優しい子なだけだよ!」
「ヤサシイ……?」
「それで、どうかな?」
俺は悩んでいた。 いや正直言えば、絶対にやりたくなかった。
とはいえヒーローの時は強さがあればわりとなんでも許された。
しかし俺はもうヒーローはやめたんだ。
普通の社会では協調性は大切だ。 この場で俺は新米であり、多数決でも二対一である。 ならば仕方ない、これも社会勉強だと思うことにしよう。
「分かりましたっっっ! やりますっっっ!」
「そんな決死の覚悟はいらないから! 普通に喋ってくれたらいいから! ね?」
「「これは普通じゃない」」
そして部員集めの期限まで時間がないので、俺たちはさっそく撮影をし始めるのであった。
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