第2話:最悪のスタート




 四月、桜散りゆく出会いと別れの季節。


 教室はぎこちなくざわめきに満ちている。


(どうしよう、話しかけたいけど話しかけられない……)


 中学一年からヒーロー活動に夢中になり、同級生とのコミュニケーションを培って来なかったツケが回ってきた。


(まあもうすぐ時間だし、話す機会はこれからいくらでもあるさ!)


 そう言い訳して逃げた時、丁度良く始業の鐘が鳴った。


――ガラガラ


 扉が開かれた。


 短い銀髪がさらりと揺れる。


 ざわめきが止まり、男女が彼女に見惚れる中で、俺は思わず立ち上がって言った。


「はあ? ちょっとお前、こんなところまで何しに来てんだよ!?」


 見覚えのある顔。 ついこないだモニター越しに会った、めちゃくちゃタイプだが組織の人間だった。


 彼女はクールな表情を変えることなく、一言。


「静かに」


 そう言って教壇に立った。


ーーまさかーー脳裏によぎった考えを俺は心の中で必死に否定する。 しかし、現実は非情だった。


「初めまして、このクラスの担任を務めます竜胆りんどうと申します」


 どう見ても若く、同年代にしか見えない教師に主に男子が湧きたった。


 彼女は美人だ。 おまけにスタイルもいいとなれば、俺だってホントは嬉しいはずなのにーー弊害が大きすぎる。


「一年間、よろしくお願いします」


 そう言った彼女は気のせいか俺の方を見て微かにほほ笑んだように見えた。





「最悪だ」


 高校入学から一週間経った。


 俺は教室で一人うなだれて、ため息を吐く。


「あのクソ教師めぇ……」


 オウリはあれから組織の人間として接触してくることはなく、しかし教師という立場でやたら俺に絡んでくる。


『係決めを行います。 学級委員の立候補は……ありませんね。 では御酒草みきくさくんお願いします』


『御酒草くん、放課後指導室に来てください』


『御酒草くん』


『御酒草くん』


 事あるごとに俺を使う光景は他の生徒にも違和感はあったらしく、俺は入学早々リンドウの犬という大変屈辱的なあだ名を密かにつけられているらしい。


 それもあの教師から『あだ名をつけられるほど馴染めて良かったですね』と、嫌味交じりに教えられて知った。 わざわざわ知らなければ、同級生とも不通に接することができた。 しかし知ってしまっては気まずいばかりだ。


「学生生活ってもっとのんびりしたものだと思ってたのに……」


 ただでさえコミュニケーションが得意ではないのに、忙しいこともあって未だ友人はできていない。


「こんな、こんなはずじゃなかったのに」


ーーピンポンパンポン


『一年二組、○くん。 竜胆先生からお呼び出しです。 職員室までーー』


 放送を聞いて、湧いた殺意を堪えながら俺は静かに席を立った。


「ひいっ」

「あ、ごめん」


 隣席の同級生をどうやら怯えさせてしまったらしい。

 自分ではどんな顔をしていたのか分からないが、この高ぶる戦意はヒーローとして命を賭して敵と戦う時に勝るとも劣らないということだけは確かである。





「部活はどうするのですか?」


 職員室で鋭い俺の睨みを飄々と受け流し、今度は何をさせるのかと思いきやただの雑談で拍子抜けた。


 いやむしろ腹立たしいかもしれない。 そんなことを確認するために俺の貴重な昼休みを奪うとはなんたることだ。


 入学した後に知ったことだが、学生生活は初めが肝心らしい。


 仲良しグループができるまでに、友人を作らなければ最悪卒業までそのままの可能性もあるとか。

 だから今、この瞬間、呼び出されていなかったら友人がでいたかもしれない貴重な機会を俺は奪われたのだ。 そう思うと、ますます怒りが湧いてきた。


「あの、それあなたに関係あります?」

「あなたではなく先生と呼んでください」

「今はそんなことどうだっていいだろうがよ……」


 俺の激情に気づいたのか、竜胆は呆気にとられたように瞬きした。


「教師なら生徒の学校生活邪魔すんな」


 静かにそれだけ言い捨てて、俺は返事も聞かずに職員室を後にした。



***



御酒草みきくさ深紅しんくが組織を去った」


 組織に呼び出され、開口一番私は衝撃を受けた。


「嘘……ですよね?」

「いや本当だ」


 白衣の男は辞めたはずのタバコを燻らせて、疲れたように笑う。


「……そう、ですか」

「君は私以上にショックだろう。 竜胆りんどうはな、君にとって彼は正義を志した大きなきっかけだったからな」

「……いえ、まあそうですね」


 一瞬、私は過去の記憶を遡り頭を振って頭を切り替えた。


「それで私を呼び出したのは」

「ああ、復帰支援任務だ」

「彼のですか? なぜ私に?」

「支援員として優秀なものはいる。 君の気持ちを汲んで先に声をかけたんだ。 で、どうする?」


 彼はなぜこの組織を去ったのか。


 もしも正義の味方という存在に嫌気がさして辞めたのだとしたら、そんな人に復帰を促せば、私は彼に嫌われてしまうかもしれない。


 それでも、


「やります。 やらせてください」


 私に迷いはなかった。


 この役目を他の誰かに譲ってしまったら、私は一生後悔するだろう。


 彼とどんな形でも関われるなら。


 私が消えてしまった正義の火をもう一度灯すことができるなら、これ以上の喜びはない。


「できるならいい。 数名すでに潜り込ませてある。 連携して上手くやってくれ」

「承知いたしました」


 私はこの目で見極めたいのだ。


 彼が何を考え、これからどうしていくのか顛末を。


 そしてもしも彼が心から望むなら――


(私は組織より、彼を優先するでしょう)


 正義の形は一辺倒ではない。


 それが私の正義だ。



***


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