元ヒーロー、青春ラブコメに参戦する~世界を守ることに疲れたのでヒーローやめたけど、組織が説得のために送ってきた隊員がめちゃくちゃタイプだった~

すー

第1章~青春のプロローグ~

第1話:ヒーローやめます




「俺、正義の味方やめる」


 東京都某所、とある秘密組織の事務所にて俺、御酒草みきくさ深紅しんくはそう言って退職届を叩きつけた。


「いやいや? 急にどうしちゃったのさ。 冗談キツイよ、君はうちのエースヒーローなんだから!」


 焦った表情でそう言った白衣の男、そいつはこの組織の研究員兼組織長である。


「ああ、確かに俺は強い」

「うんうん、そうだよね。 君は比喩ではなく世界の平和を守っている、得難い存在さ」


 男はおだてるような言葉を並べ立てるが、その言動が余計にムカつくんだ。 なぜなら、


「じゃあなんで無給なんだよ!? 休日、授業中関係なく呼び出され、おまけに命の危険を犯して俺たちヒーローは世界の平和を人知れず守ってる。 俺は一体なにをモチベーションに続けたらいいんだ? 言ってみろよ!?」

「……人々の笑顔?」


 ヒーローだって人間だ。

 金が無ければ食っていけない、生きていけない。 


 世界が平和でいることはいいことだ。 自分の行為が誰かを笑顔にしているなら、それは嬉しい。 


 だけどそれらは本来生きるべきだった表の、少年深紅しんくとしての人生を犠牲にしてまで行うことなのか。 ずっと悩んできた。


 物語では『大勢のために多少の犠牲はつきもの』なんて言葉があるけれど、この世界の平和とやらに、俺という多少を犠牲にするほどの価値があるのだろうかーー


ーー否。


 数年ほど裏側から世界を見てきた俺は、この世界にそんな価値はないと断言する。


 誰だって自分が大切だ。

 その天秤を動かすのはよほどの激情が、原動力が必要なのである。


 だから、


「そんなもん戦う理由になんねえよ、くそったれ」


 俺は結論した。


 誰かの犠牲がなければ滅びる世界ならーー


ーー滅びてしまえ、と。


「じゃあ、世話になりました。 サヨウナラ」

「ちょ、ちょっと、え? マジ? 待ってってば」


 世界の平和を守りたいなら、やりたいやつでやればいい。


 俺はもう充分頑張ったはずだ。

 自身が一辺を築いた平和な日常ってやつを享受することは、誰にも、神にだって文句を言われる筋合いはない。





「う~ん、退屈って素晴らしい」


 緊急連絡に気を張る必要も、鍛錬をする必要もらない。


 久方ぶりの何もする必要のない休日らしい日曜に俺は感動していた。


「さて映画でも見るか」


 今日の食事ーーカップ麺ーーとポップコーンと、冷えたコーラをテーブルに並べて、休日を楽しむ準備は万端だ。


 調べてみると、幼少の頃好きだったシリーズものの映画や漫画が今となってはかんけつしていたりもして、費やした時の流れに俺は虚しくなった。


「いや、人生これからだ」


 現在、三月下旬。


 中学は卒業したが、まだ高校大学と謳歌できる学生時間は残されている。


 ちなみに進学先は近所の高校に運よく滑り込めた。


「取り返すぞ」


 そう息込んだ、その時だった。


ーーピンポーン


 呼び鈴がなった。


 両親は出かけているのが、どうせ勧誘か何かだろうと俺は居留守を決めるが、


ーーピンポーン


「よーし、まずはこの映画をーー」


ーーピンポーン


「しつこいな……」


 苛立ちながら、俺の休日を邪魔するやからの面を拝むべくモニターを確認する。


「え……?」


 玄関に立っていたのは銀髪ショートの美少女だった。


「はい」


 もう勧誘確定だろと、思いつつも応答したのは完全に下心であり、簡単にいうとめちゃくちゃタイプだった。


『私、組織の戦闘員支援部の竜胆りんどうはなと申します』


 その言葉を聞いた途端に浮ついた思考が一気に冷えた。


 そして思い出した。


 組織にはいくつかの部門があって、


 戦闘を行う戦闘員、いわゆるヒーローと、


 武器、能力の開発を行う研究部門、


 組織の運営、新たな人材の発掘を行う運営部門、


 そして辞めていった優秀な戦闘員などのケア、または復帰をサポートする支援部門が存在するのだ。


「……帰ってください」


 つまり俺はヒーローをやめたが、まだ完全に縁を切れたわけではないようだ。


『分かりました。 ではまた近いうちお会いできると思いますので、その時に』


 俺はもうヒーローとして戦うつもりはない。


 世界が危機に陥ろうと、身内が危険にさらされない限り動くつもりはない。


 けれどもしもめちゃくちゃタイプの彼女に迫られたらーー断り切れるだろうか。


「いや! 断るんだ! 俺は負けない!」


 想像だけですでに心がぐらついている事実から、俺は目を反らした。


 面と向かって会ったら、話したら、まずいことだけは分かる。


 組織の奴らはどんな手を使ってくるか分からない。 しばらくは家で大人しくしていようと思う。


 ただ彼女の言葉が少し引っかかっていた。


「お会いできるってなんだ……?」


 また伺いますとかなら理解できるが、その言い回しじゃまるで会う予定が決まっているみたいで、


「い、いやダイジョブ、ダイジョブ」


 嫌な予感はするが、今はせっかくの休日を楽しむべきだと思いなおして俺は映画を再生する。



 しかし残念ながらこの日は、何も頭に入って来なくなってしまい、結局筋トレしてふて寝したのだった。





 

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