第4話:不良退散/体験入部




「ん? なんかザワザワする」


 創作活動部の部室へ向かう途中、俺はなぜか早くいけない気がして廊下を走る。


『創作活動部』


 そして教室の近くまで来た時、


ーーっ殺す!


 不快な音が鼓膜を叩き、脳が理解する前に俺の足は強く地を蹴った。


 瞬時の移動、素早く状況確認。


(なんか揉め事かな?)


 俺はその程度で良かったと、安堵しつつ男の手を壊れないよう掴んだ。


「先生、状況は?」


 どう見ても人相的に男が悪いことは分かる。


 それでも人を見た目で判断するのは良くないので、一応聞いておいた。


「彼女と私が彼に理不尽な暴行を受けています」

「ケンカではなく一方的な奴?」

「おいってめえ! 離しやがれ!」


 男が腕を振り払おうともがくが、俺にとっては暴れる赤子よりか弱い力に思える。 しかしコバエのように不快な大声は、一旦やめてほしい。




「うるせえよ」




 ただ一言、少し殺気を乗せて言うと彼は借りた猫のように静かになった。

 これで落ち着いて話せる。


「で?」

「……あ、はい一方的な方です。 常習です」

「ほーーーん、なるほど了解了解」


 俺は大人しくなった男の腕を離してやった。


 代わりに首根っこを掴み、もち上げた。


「……」

「俺はさお前みたいな小悪党がいっっっちばん嫌いなの。 なんでか分かる?」

「……知るかよ」

「それはさ、お前みたいな奴のために身を削ってると思うとどうしようもなく虚しくなるからだ。 こんなクソが住む世界なら、いっそのことーーーー



ーーーー滅ぼしちまおうかなって」

「ひぃぃいっ」


 別に殺気を乗せたつもりもない。

 脅すつもりもない。 男には訳の分からない話だったろうが、俺は思ったことを言っただけだ。


「だけどまあ、色々あったけどなんだかんだ気分がいいから今日は許してやるよ」


 俺は竜胆りんどうの方をちら見しながら言って、男を解放してやる。


「失せろ、次はない」

「ひいいいいい殺されるうううう」


 男は悲鳴を上げながら教室を逃げるように去って行った。


 残された者たちの間になんともいえない微妙な空気に包まれる。


 力は強くとも、世界の平和を守っていた経験があっても、この気まずさをどう切り抜けたら良いのか俺には分からなかった。


「で、御酒草みきくさくん。 ここに何か用ですか?」

「いやいや、まず礼が先だろ……まあいいや。 えーと、体験入部に来たんですけど、創作活動部ってここで合ってますか?」


 俺がそう言うと、座り込んでいた女生徒が手を上げて言った。


「私が創作活動部、略して創活部部長の茅花流つばななが氷雨ひさめです。 体験入部はもちろん大歓迎なんだけど、とりあえず手貸してもらっていい? 腰が抜けちゃって……」

「あ、はい。 いいっすよ」


 顔を赤らめた部長をひょいと持ち上げる。


「ちょっいきなりお姫様抱っこ?!」

「はいはい、暴れないでくださいね~先輩」

「大丈夫だと思うけど、一応保健室で見てもらいましょうか」

「あ~了解。 じゃあちょっと行ってくるわ」

「頼むわ、御酒草みきくさくん」


 さらに顔を赤らめた部長が体をくねらせるが無視して、俺は教室を後にするのだった。





「ごほん」


 特に怪我もなく部室に戻った茅花流つばななが部長はわざとらしい咳ばらいをして言った。


「創作活動部、略して創活にようこそ。 私は部長の茅花流つばななが氷雨ひさめです」

「うん、さっき聞きました」

「ごほん、おっほん! 細かいことはいいの!」


 まだ動揺しているのか、部長は赤い顔でこちらを恨みがましく睨みつけてきた。


「はーい」

「はい、は伸ばさない」

「はいはい」

「はい、は一回! ってもういいや。 かしこまるのもバカらしくなってきた……」


 部長は疲れたようにため息を吐いた。


「じゃあ、さっそくだけど御酒草みきくさくんは今行っている創作活動は何かある?」

「ないっす!」

「そっか、じゃあ興味があることは?」

「特にないっす!」

「冷やかしなのかな……?」


 俺は何もやってこなかった。 故に色々経験するために創活に来たのだ。 断じて冷やかしではない。


「まあいいや。 じゃあ色々やってみたらいっか」

「はい! ちなみに先輩は何の創作してるんですか?」

「私は映画だよ」

「おお、いいっすね。 最近○○シリーズ見たけど、めちゃくちゃ面白いのでオススメです」

「あー、あれは名作だよね。 流行ったのはちょい前だけど、テーマパークができるのも頷ける」

「まじすか?! うわ、楽しみすぎる!」

「なんか――――」


 部長は言葉を止めて噴き出すと、声を上げて笑い始めた。 この先輩、狂人なのかなと俺が冷めた目で見てることに気づいたのか「ごめん、ごめん」と彼女は言って息を吐いた。


「なんかさっきとギャップが大きくて、なんか面白くて」

「そうですか? 普通だと思いますけど」

「普通じゃないよ。 全然普通じゃない」

「いやいや普通ですって」

「いやいやい――――」


茅花流つばなながさん」


 実際に温度が下がったわけではないけれど、その言葉は一瞬冷気が漂ったように感じるほど鋭かった。


「新入生に部活の説明をしてください」

「は、はいいぃ」


 竜胆りんどうは丁寧な言い方だが、有無をいわせぬように言った。


(え、なに? この人こわっ)


 淡々としてそうな奴を怒らせると一番怖いとは言うが、原因が分からず俺は首を傾げた。


 とりあえず今のところ、部長の茅花流つばなながは自分でもびっくりするくらい話しやすい。

 活動内容次第だがここに入部したら、思い描いていた学生生活を送れるかもしれないと俺の期待は膨らんだ。


(顧問がこいつなのはマイナスだけど……でもなあ)


 とは思いつつ、あの男が報復してくる可能性がどうにも脳裏にちらついてしまう。


 数年ヒーローとして活動していたせいか、困っている人を放っておけない性分になっていることに今更自覚した俺は一人愕然とするのだった。






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