真実の扉

 こんなところで本当に合ってるんか?


 湊は犯罪が起こりやすそうな人がいない狭い路地を歩いていた。高津に呼び出された理由は、湊が知らない隆治の話を聞くためだ。昼だからいいが、光がない夜にこんな場所に来たら間違いなく危険だろう。


 スマホのマップアプリで印がある場所まで到着した。左側を見ると道よりも低い場所に扉があった。階段を下りて湊はその扉に手をかけた。鉄でできた扉はとてつもなく重いが、体重をかければなんとかひとりの力でも開けることができた。


 顔を覗かせた先は光が満足に入ってこない薄暗い空間で、カウンターの前に椅子が並び、その設計はバーのようだった。何十年か前につけられたような古い電球が天井から吊るされており、黄色い弱い光を灯している。丸椅子のひとつで座って待っているのは高津。



 「お待たせしました」


 「ようこそ。適当に座ってくれ」



 湊は高津が座る椅子からいくつか間を開けて入り口に近い席に腰掛ける。高津が隆治と旧知の仲であることは知っているものの、いつ何が起こるかわからない場所にいるときは常に警戒しておく必要があることをこの三年間の経験から学んだ。


 隆治はなんとか一命を取り留めたが、まだ意識が戻らずに集中治療室で眠っている。医師によると今後いつ意識を取り戻すかは不明で、その確率も五分五分だそうだ。仮に目を覚ましたとしても後遺症が残る可能性があり、元通りの生活ができる保証はない。



 「あのあと防犯カメラの映像の解析が進んだ。もう一度見てほしい」



 高津が手を伸ばして差し出したスマホを受け取った湊は、画面に映る動画の再生ボタンを押した。



 「どうや? その人知らんか?」



 湊はその女を知っていた。


 隆治が撃たれたと聞いたときは動揺していたせいで思考がうまく働かなかったが、あれから冷静になって考えてみると隆治の様子が変わったのはその人物が来店してからのことだった。



 「夏夜さん」


 「やはりか」


 「なんか不思議と香代さんを思い出すんよな。顔は全然違うのに」


 「名前が同じやというだけであいつがこだわるとは思われへん。その人にはなんかあるんやろ」



 スマホから銃声がして、隆治は倒れた。駆け寄った夏夜は慌てた様子で電話をかけるが、隆治は彼女に何かを必死に伝える。その直後、彼女はカメラから逃れるように走り去った。



 「徳さんが夏夜さんを逃したんか」


 「映像を見る限りそうとれる。拳銃持ったやつが目の前におったら、大切な人を逃すのは当たり前のことや。ここ」



 高津はスマホの画面の隅を指差した。湊は小さくで見えにくい画面に顔を寄せてその場所を凝視した。


 そこには鮮明になった映像の中でもはっきりと確認できないが、拳銃を構える男の姿があった。


 この男は何者だ?



 「警察は夏夜という女性とこの男の行方を追ってる。この男についてはなんか知らんか?」


 「いや、この人に関してはまったく心当たりないです。画像も荒いからよく見えんけど、多分徳之間のお客さんでもない。会ったことない人やと思う」


 「そうか。まいったな」



 徳之間の常連は基本的に記憶の中に保存してある。だから、特徴が似ている人がいれば思い当たるはずだが、映像に映るこの男に関してはひとつも一致する特徴がなかった。


 スマホを回収してポケットに仕舞った高津は、席を離れるとカウンターの向こうにある冷蔵庫の扉を開けて、その中からペットボトルを二本取り出した。それらを持って席に戻った彼は、ひとつを湊に渡して自分の分のキャップを回す。


 ちょうど喉が渇いていた湊も同じようにキャップを回して冷えた水を身体に染み込ませる。


 高津は大きく息を吐いてペットボトルをカウンターに置いて、話を始めた。



 「隆治と出会ったのは学生の頃やった」


 「長い付き合いなんですよね」


 「腐れ縁みたいなもんやな。俺らは同級生で、あいつはごく普通のどこにでもいてる学生やった。勉強は人並み、成績はいい方やったが特に夢があるわけでもなく。まあ、それは俺も同じか」



 湊の知らない隆治の過去。彼が裏の世界の人間だったことは知っているが、なぜその道に進んだかは知らなかった。ごく普通の学生に何があってヤクザになったのか。その話がこれから高津の口から語られる。


 刑事とヤクザが裏で連絡を取り合うことは非常にリスクが高い。それも、高津は課長というマネジメントを行う管理職の立場だ。後ろめたいことはひとつとして持ちたくないはず。



 「高校を卒業して、俺らは同じ道に進んだ」


 「同じ?」


 「警察や」


 「徳さん警察官になったん?」


 「そうや。一度は警察官になったんや。同じ警察学校に通ってな。どういうわけか、俺らふたり共才能があったみたいで成績はよかったんや」



 警察官とヤクザ。対局にいるふたりはかつて同じ組織に所属していた。そこから何かがあって隆治は正反対の世界に足を踏み入れた。


 今から二十年前の話。


 それを聞く前に、もう一度だけ喉を潤そうと水をペットボトルの半分まで飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る