不死鳥の再起

 そろそろ約束の時間か。


 隆治は昨日この場所で会った純平との約束の通り、屋上から街を見下ろしていた。もう少しで彼を虐めて楽しんでいた外道どもがこの場所にやってくる。それも、純平から金をもらえると思って汚い笑みを浮かべながら来ることだろう。反吐が出るほどにタチの悪いやつらだとつくづく思う。


 ガキ相手に手を出すことは、裏社会で名が通っていた頃は一度もなかった。弱い者を虐めて楽しむような趣味はない。だが、これは仕事だ。それに、ひとりの人間が真剣に悩んで出した結果がこの復讐。たとえガキだとしても自らの行いに対する責任は取る必要がある。


 隆治は柵に立てかけていた仮面を手に取った。半分白、半分黒で中心は灰色のグラデーションになった仮面。これはアッシュディーラーの信念である『悪を制するには悪』が表現されたものだ。


 最近はずっと湊に仕事を任せていたので、仮面を実際に被って任務を遂行するのは久しぶりに感じる。実際に久しぶりなのだが、物理的な時間よりも体感は遥かに遠い過去のようだ。



 「来やがったか」



 階段の方向から数名の足音と若者特有の嘲る笑い声が聞こえる。この階段を上り切ったとき、いつものように一方的に耐えるだけの純平が待っていると思っているはずだ。しかし、今日は自らの愚行を後悔することになる。


 隆治は仮面を装着して両腕を天に突き上げると身体を伸ばした。あの頃のようにいつでも身体が万全に動くことはない。ほぐしておかないと怪我をするかもしれない。歳を取るのは悲しいことだ。



 「純平くーん。約束通り来てやったよ。いくらくれるん?」


 「おーい。びびってないで出てこいよー」



 話に聞いていた通り、五人の高校生がつるんで姿を現した。さて、とっとと終わらせて酒でも飲むか。



 「お前らが会いたがってる純平くんはここには来ない」



 隆治は仮面を被った不気味な姿のままで彼らの視界にその様相を見せた。虐めっ子どもはわかりやすく動揺してお互いに身体を押しやって仲間を簡単に売ろうとした。


 虐めをしている彼らも迂闊なことをすれば次の標的にされることを知っているのだ。所詮はその程度の関係で虐めという下らない娯楽に身を投じているにすぎない。



 「あいつから依頼を受けてな。お前らをここでぶん殴ることになった。逃げても、お前らのしてきたことは証拠としてここに揃ってる。取り返さん限り、お前らの人生も終わりや」


 「ふざけんなや。たったひとりで俺らと戦うんか?」


 「せや。こっちは五人おるんやぞ」



 人間は数で比べたがる生き物だ。協調を謳う国民性は素晴らしいが、その点で個が軽視されている現実を見ようとしない。たったひとりの英雄が圧倒的に不利な戦況を変えることがこれまでたくさんあったというのに。



 「まとめて来いや」



 怯えながらも五人が一斉に隆治に向かって走る。懐かしい感覚の中で、隆治は先頭を切った彼に敬意を込めて拳を見舞った。



 ――五人の高校生が屋上で伸びている姿を見下ろして、隆治は柵にもたれて呼吸を整える。全員意識がなく倒れたままなので、隆治は仮面を外してさらに多くの空気を貪った。やはり老いは避けられない。湊が羨ましく思うと同時に、今後も仕事は彼にやってもらおうと再認識した。


 あとは純平がどう決着をつけるか。先ほどこいつらに見せた証拠は空っぽで、本物は彼に渡してある。それをどう使ってこれからを切り開くかは彼次第。だが、忘れてはならないのが純平自身も何か大切なものを失うことになるということだ。アッシュディーラーに依頼をした者は対価として何かを差し出すことになる。それは時に金銭であり、時にそれよりも大切な何か。それだけのものを失っても純平は今隆治が見ているこの状況を望んだ。


 隆治があとはオッドアイの男に任せようと一歩踏み出したとき、階段から慌ただしい足音が聞こえた。誰かが屋上に向かって階段を駆け上がってくる。



 「なんや。ここで会うことになってるんか。それならそうと教えといてくれや」



 隆治は再び仮面を被って屋上の中央でまもなく姿を見せるふたりを待った。勢いを殺すことなく瞬時に姿を見せたのは光輝と志穂だった。



 「お前が仮面の男か。やっと会えた」



 ふたりは慎重に隆治との距離を詰める。もう少しで手が届く距離まで来たところで光輝が訊ねた。



 「お前は依頼を受けて復讐してるんか? お前の後ろには大きな組織があるってことか?」



 なるほど。あいつはこのふたりをとことん巻き込むつもりらしい。ならば、手加減をする必要はない。


 隆治は上半身を重力に任せて落とし、その勢いのまま隆治の腹に拳を埋め込んだ。不意を突かれた光輝は咽せて腹を押さえたまま地面に膝をついた。隆治は呆気に取られている志穂のそばを通り抜け、振り返ることなく階段を駆け下りる。


 衰えた俺に簡単にやられるようではまだまだ覚悟が足りない。体力が衰えたとしても、これまで経験してきた修羅場の数が違う。


 湊にすべてを任せなくてもまだやれるのではないかと少しばかり考えを改めた隆治は、純平の人生がいい方向に転がることを願いながら仮面を外した。

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