繋がる

 光輝と志穂は課長である高津の指示を受けて遺体が発見されたという一軒家に到着した。庭先の門が開け放たれており、その中には制服警官が立っていた。光輝と志穂が目に入ると敬礼をして「お疲れ様です」とふたりに駆け寄る。



 「大島さんはこの家の家主で間違いありません。私が何度か訪問して顔を合わせています。本官が通りかかったときに倒れているところを発見しましたが、そのときすでに息はありませんでした」


 「発見時に不審な人物などは見てませんか?」


 「そのときにはもう誰もいませんでした」



 玄関の扉の前でうつ伏せに倒れるのは大島孝之。逮捕された詐欺師の田中とは共犯の仲だったことがわかっている。すぐに鑑識がやってくるので、光輝は警官に何も触れないように伝えた。そんなことは言われなくてもわかっているだろうが、念のため言っておかないと後で何かあったときに光輝たちの責任にされても困る。


 光輝は開かれたままの玄関扉の前に立って、警官に訊ねた。



 「扉は最初から開いてたんですか?」


 「はい、扉は開いたままここに倒れてはって……」


 「中にはまだ入ってない?」


 「入っていません」



 光輝と志穂はお互いに顔を見合って頷くと、屋内に足を踏み入れた。廊下の奥に部屋があり、玄関から目に入る屋内で限り争った形跡や特に荒らされた様子もない。



 「犯人は中に入ってない、か」


 「玄関で襲ってそのまま逃走したんでしょうか」


 「やとしたら、強盗やない、か。もしくは、何かを盗もうとして鉢合わせしたか」



 光輝と志穂は廊下を抜けてリビングに入った。テーブルには飲みかけのビールとつまみ、茶封筒が置かれている。それが日常なのか特別なことがあったかはわからないが、大島はこの夕方の早い時間から酒を飲んでいた。その最中に訪問者があり、扉を開けたところを襲われた。


 キッチンの食器棚やリビングの小物は綺麗に並べられていた。大島は几帳面な性格らしく掃除も定期的に行っているようだ。これまでも同じような事件現場は何度も見てきた。特に変わった様子も見当たらないが、テーブルの上にある茶封筒だけが気になった。光輝が手袋をして封筒の中身を確認するとその考えは変わった。



 「札束?」



 中を覗くと百万円の束が乱雑に並んでいた。数えてみるとその数は十、金額にして一千万円。少なくともこんなテーブルの上に封筒に入れた状態で無造作に置いておくような金額ではない。



 「詐欺で得たお金ですかね」


 「楽して手に入れたら、こんな大金でも無防備に置いとけるもんかね」


 「詐欺師の気持ちなんて私にはわかりませんよ」


 「そりゃそうか」



 犯人は室内に入っていない。盗みが目的ならこの封筒はこの場所に残っていないはずだ。やはり大島が殺害されたのは怨恨のため。田中と共謀して詐欺を働いて、騙された被害者に恨まれて復讐された。そう考えるのが自然だが、今回の詐欺にまったく関係のない何者かが通り魔的な犯行をした可能性も捨て切れない。屋内を観察してもそれ以上に不審な点は何もなかった。それでも光輝を突き動かすのは、例のメールだった。



 「鴻池、聞き込み行くぞ」


 「了解です」



 ふたりが玄関を出るとちょうど警察車両が門の前に止まって応援の刑事や鑑識が到着したところだった。光輝と志穂は大島孝之が詐欺を働いていたこと、リビングに一千万円が残されていることを伝えてから敷地を出た。鑑識が調べれば何か新しいことがわかるかもしれない。ひとつだけ確かなことは、大島が殺害されたということ、彼を殺すためにこの場所に来た人物がいる。今光輝と志穂にできることは、周辺の住民に不審な人物を見ていないかを確認することだけ。


 まずは警察が来たことで集まってきた人たちに話を聞くことにした。ほとんどが周辺住民だったが、その中には偶然通りかかって興味本意で立ち止まっただけの人もいた。


 その場にいた人に片っ端から話を聞いてみたが、目撃証言は出なかった。ほとんどの人は警察が来て騒ぎを知って自宅から外に出たか、移動する途中でこの場所に通りかかっただけだった。


 聞き込みを終えたふたりは署に戻った。その後、新たにわかった情報を合わせて高津に報告した。


 犯人は屋内に入っていない。玄関先で大島の腹部を刺して逃走した。庭のゲソ痕から大島の靴、駆けつけた警官のもの、光輝、志穂、あと二種類の身元不明のものが発見された。ひとつはサイズからして男、もうひとつは小さいのでおそらく女のものだという。男のものは玄関扉の前まで来て引き返しているが、女のものは大島が倒れている場所までで止まっていた。



 「ということは、小さい足跡の持ち主が犯人か」


 「現金が入っていた封筒に庭の土が付着していたと。封筒は一度玄関先に置かれていたもので、封筒から検出した指紋は大島のものだけでした」



 椅子に座る高津は少しだけ考えてから、報告を終えた光輝と志穂を見上げた。



 「一度大島について調べる必要があるな。二課にも詐欺の情報を共有してもらうように話しておく」


 「わかりました」



 高津はこの殺人が田中の詐欺絡みだと考えているようだ。


 光輝と志穂はお辞儀をしてからそれぞれのデスクについた。きっと何かが詐欺と繋がるはずだと、光輝は信じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る