それは偶然か
月が明るく闇の世界を照らす。いつもより明るいはずの世界にいると、なぜか悪いことが起こるような予感がする。
光輝と志穂は高津に呼び出されてある場所に向かうように指示された。これまで何度かあったように、また匿名の通報があったそうだ。街から外れた場所にあるマンション。いかにも犯罪者が秘密基地と称して使いたくなるような場所にそれはあった。この中の一室で事件が起こったのだとしたら、通報したのは物音を聞いた隣人かもしれない。高津は詳細を何も語らず、ただふたりに現場に向かって様子を確認するようにと命令した。
光輝と志穂は目的の部屋の前に到着した。廊下に玄関が並び、天井には等間隔に足元を照らす電気が設置されている。廊下は掃除されていてゴミは見当たらなかった。怪しい人物が住む場所は大抵何か不気味な雰囲気があるものだが、ここに限ってはその条件が該当しない。
光輝はインターホンを鳴らそうとしたが、その機械は設置されていなかった。両隣の部屋の玄関横にはインターホンが存在するので、ここの住人が意図的に外したのだろう。壁にはもともと取り付けられていたであろう長方形の跡があった。せっかく怪しまれる条件に該当しない場所に潜伏しているのに、自ら不審な要素を作り出すとは不用心なことだ。志穂もインターホンがないことに気づいたらしい。
「インターホン外すなんて珍しいですよね」
「そうやな」
光輝は鉄製の扉を三度ノックした。数秒待ってみたが中から返答はない。彼は念の為再び三度ノックをして声をかけることにした。
「どなたかいらっしゃいますか? 京都府警です。通報を受けて参りました。無事を確認させてください」
光輝の問いかけは廊下に響く声量で行われたが、それでも返答はなく、扉の向こうからは物音ひとつない。人がいる気配すら感じさせなかった。
光輝がドアノブを握って回してみると、鍵はかかっていなかった。彼は志穂の顔を見て黙って頷いた。
「入りますよ」
扉を開けるとすぐに部屋があり、ソファが視界に飛び込んだ。革張りのそれは見るからに高級品のオーラを放つ。そして、それの向こうにうつ伏せに倒れる男の姿があった。
「大丈夫ですか?」
光輝と志穂は意識がない男に駆け寄った。床に散らばった書類、男のすぐそばで扉が開いたままの金庫。それ以外に部屋を荒らされた形跡はない。志穂が男の脈に触れてまだ生きていることを確認した。
「救急車呼びますか?」
「頼む」
志穂がスマホで救急車を要請する傍ら、光輝は床に放置された書類を一枚ずつ集めてその内容に目を通した。そこには田中という詐欺師の情報があり、これまで犯した罪が記載されていた。田中の写真も落ちていた封筒に入っており、その姿は目の前で倒れている男と同一のものだった。
「救急車五分ほどで来ます」
「そいつメールにあった詐欺師みたいやわ。これ」
光輝は集めた書類を志穂に差し出して、金庫に近づいて中を確認した。金庫は空でおそらく現金等の貴重品が何者かに盗まれたのだろう。玄関の扉を見るとチェーンが切られて垂れ下がった状態であることが確認できた。
「詐欺師が強盗に襲われたか。二課に連絡してくれ」
「わかりました」
これが本当に強盗事件であれば、この現場は光輝たちの担当だが、被害者の田中と名乗る人物を調べるのは知能犯を担当する二課の仕事だ。
志穂が応援を要請する間に光輝は部屋の様子を歩き回って観察したが、特に荒らされていなかった。やはり、持ち去られたのは金庫の中身だけ。しかし、散らばっている書類はなぜ持ち込まれたのか。ただの強盗なら金さえ盗ればそれで目的は達成のはず。田中自身が自らの悪事を書類にまとめたとも考えにくい。
「う……」
「檜山さん、意識が戻りました」
唸り声をあげてゆっくり目を開けた田中は、光輝と志穂を見つけて怯えている。慌てて身体を起こしてふたりから距離をとって壁際まで移動し、「助けてくれ!」と叫んでまるで命を狙われているかのようだ。
「落ち着いて。私たちは警察の者です」
「警察?」
田中は全身から力が抜けて壁に沿って腰を下ろした。抜け殻のようなその表情から、自らの罪を自覚したらしい。
「ここで何があったんや? ここに書いてる通り、あんたは詐欺師なんか?」
「仮面の男に襲われた。金庫を開けんと警察呼ぶって。結局金盗られて警察も来てるし、もう終わりや」
田中の言葉に反応した志穂が光輝を見た。
「檜山さん、それって……」
「また仮面の男か」
光輝と志穂が匿名の通報で呼ばれた場所にいた男は送信者不明のメールにあった田中という詐欺師だった。そして、その田中は前回のメールにあったティーチの件と同様に仮面の男に襲われた。これが単なる偶然だとは到底思えない。
「誰かが裏で俺らを動かしてるんか?」
「かもしれませんね」
誰がどういう目的でそれらのメールを光輝に送ったのか、メールで知らせてくる悪人に共通点があるのか、仮面の男が裏ですべてを操る人物なのか、そしてそれは何者か。謎はまだまだ尽きることを知らない。
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