再びの知らせ

 光輝は警察署の会議室で捜査員が並んでつくテーブルに肘を置いて話を聞いていた。現在刑事課が捜査している殺人事件についての捜査会議の最中なのだが、彼は最近本来の業務に集中できていない。


 それは、自分の元に届いた一通のメールから始まった。その中には半グレとして警察にもマークされていたティーチと呼ばれる男が高校生を轢き逃げしたことが記載されていた。送信者は不明だが、刑事として事件性を感じ取った光輝はティーチに接触するために彼を追った。だが、ティーチは通りがかった広幡宇海を人質にとって逃走、それ以来ティーチの行方はわからないままで事件にすらなっていない。幸い宇海は無事だったが、彼女から謎の仮面を被った男がティーチを拘束したという情報を得た。


 この状況から考えられることは、その仮面の男がティーチを連れ去ったという結論だが、宇海の話によるとその人物は拘束だけしてその場を去ったらしい。つまり、他の人間がその場からティーチを連れ去ったということになる。仮面の男に仲間がいることは確実だが、半グレに相対する犯罪組織があるのかもしれない。残念ながら、刑事課が扱わない事件を個人として捜査することは許されないため、心にもやもやを抱えたまま日々の業務にあたっている。


 隣に座る志穂は真剣な表情でメモをとりながら会議の内容を吸収している。これでは先輩としての面目が立たない。光輝は気持ちを切り替えて話に耳を傾けるも、また数分すると仮面の男のことが脳内を支配した。前方に座る課長の高津からも目をつけられる羽目になり、あれからいいことがまったくない。


 再び脳内を仮面の男が暴れ回っているところで、光輝の胸ポケットに振動があった。そこにあるスマホを取り出すと、画面に新着メッセージが表示されていた。それを確認したとき、彼の心臓は大きく跳ね上がった。内容は開封しないと確認できないが、送信者のメールアドレスが前回轢き逃げの件のメールを送ってきたものと同一だったからだ。逸る気持ちに従いたかったが、会議中に怪しいメールを開くわけにはいかない。周囲の捜査員に覗かれて知られてしまうと厄介なことになる。



 ──会議が終了し、捜査員は次々と会議室を後にした。結局会議の内容はまったく光輝の記憶に残ることはなく、終始仮面の男とメールの件が気になっていた。


 周りにいた捜査員たちはいなくなり、志穂だけが隣に残った状況で光輝はスマホのメールを開封した。内容はある詐欺の詳細だった。今回は前回のメールと違って被害者の情報は記載されていない。詐欺師の田中という起業コンサルタントを語る男が数々の詐欺を働いているというものだった。


 送信者が同じということは、このメールも前回の内容と何か共通していることがあるはずだが、詐欺事件を光輝が無闇に探ることはできない。光輝が所属する一課は殺人や暴行などを捜査するのに対し、詐欺のような知能犯罪は別の部署、二課の担当だからだ。警察という組織は関係のない人間に領域を侵されることを嫌う。個人の暴走が課長の高津を始め、部署の全員に迷惑をかけることになるのだ。


 隣に座る志穂は光輝がスマホを眺めながら表情豊かに苦悩する姿に気づいた。



 「何見てるんですか?」


 「メール。前の送信者と同じや」



 光輝はすでにメールのことを志穂に話していた。躊躇うこともなく自身のスマホを志穂に渡す。



 「いやらしい動画でも見てるんかと思いました」


 「んなわけあるか。それなら家でゆっくり観る」


 「檜山さんも観るんですね。意外です」


 「男やったら誰でも観るやろ。ってか、そんな話はどうでもええねん。どう思う?」



 志穂はメールの詳細を眉間に皺を寄せながら確認した。それは先ほどまで光輝が見せた表情と同じものだ。



 「前回はうちの担当になる類の事件でしたけど、今回の詐欺は無関係ですよね。共通点もないような……」


 「よな。誰がなんのために俺にこんなもん送ってくるんやろか」


 「ティーチの轢き逃げは実際にあった事件で、しかも警察ですら犯人を特定してなかったのにメールはティーチを真犯人として書いてましたよね。この件は二課のヤマなんで、私らで動くのは難しいですよ」


 「迂闊には動かれへん。けど、情報掴むくらいやったらできる。まずはこの田中が実際に存在して二課がこいつを追ってるのかどうか知りたいな」


 「仮にこれが本当やとして二課が捜査をしてるとしても、この情報をただの一般人が持ってるなんてことはないですよね? もしかして警察内部の人間がこのメールを?」



 志穂の指摘する可能性は光輝も疑っていた。決めつけることはできないが、このメールを送ってくる人物は光輝にそれらの事件について調べさせようとしている。そして、その目的はもっと大きなに繋がっている。光輝はその何かを三年前の失踪と関係していると考えていた。


 これだけの情報を持つ人間なら、光輝がずっと三年前の失踪を追っていると知っていてもおかしくない。



 「とにかく、この件は慎重に動かんとあかん」


 「二課のヤマを荒らすようなことだけはしないでくださいね」


 「わかってる」



 光輝は志穂の忠告を聞き流してテーブルを離れたが、その背中を見る志穂はただただその不安が大きくなっていくことを感じとった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る