ストッパー
「別についてこんでええって。鴻池も怒られるぞ」
「檜山さんをひとりにする方が怒られますから。私を心配するなら勝手に動かないでください」
光輝はある生徒に話を訊くために京都のある高校を訪ねた。彼に届いた謎のメールは、この高校に通う生徒が被害に遭った轢き逃げ事件の犯人がティーテであることを知らせるものだった。送り主が誰かもいまだに検討はつかないが、このメールには何か意味がある。悪戯で送るようなものではない。だが、そのことはまだ志穂には伝えていなかった。だからこそ、彼女は光輝が何を思って行動しているのかがわからず懐疑的になっている。
「一体何を隠してるんですか?」
「これ見てみ」
光輝が差し出したスマホを手に取った志穂は、例のメールに目を通した。その中には画像ファイルがついていて、ティーチの写真があった。文面にはいつどこで轢き逃げがあって、その被害者がこの高校に通う佐々木亮と谷坂ひまりであることが書かれてあった。
「これは誰からのメールですか?」
「さあ、俺にもわからん。でも、悪戯で送るにしては情報が正確すぎて気持ち悪いやろ」
「そうですね。轢き逃げの件は担当じゃないので詳しく知らないですけど」
「現にそのティーチと呼ばれてる男は行方がわからん。いろいろとタイミングがよすぎる」
「で、被害者に話を訊くためにここに?」
「そうや。そこへきて、仮面の男が現れた」
光輝の過程を数段階飛び越えた言葉に志穂は歩みを止めて固まった。だが、光輝が歩き続けるのですぐに駆け足で追いついた。
「仮面の男って?」
「詳しい話は後でする。被害者のふたりから話を聞くのが先や」
仮面の男はティーチが轢き逃げ犯であることを知っていた。そこで光輝が思い浮かんだひとつの可能性が、その男は復讐のためにティーチを襲ったのではないかということだった。であれば、被害者が何かを知っている、もしくは彼自身が復讐を依頼した人物であるかもしれない。あのメールは光輝がこの場所で手掛かりを見つけるために仕組まれたのではないかと。
光輝と志穂は職員室に向かい、佐々木亮と谷坂ひまりを呼んでもらうように掛け合った。ちょうど授業中だったので、この授業が終わり次第ふたりを応接室に呼んでくれるそうで、彼らはその時間まで待つことになった。応接室はソファとテーブル、部活動で獲得した過去のトロフィーなどが飾られた棚がある。サッカー部が強く、全国大会に出場経験があるほどの名門校だ。
被害者となった亮はサッカー部に所属していたと聞く。一瞬の事故のせいで足を負傷して車椅子生活になった彼の気持ちを考えると励ます言葉すら見つからない。
──しばらくして、校内に授業の終了を告げるチャイムが鳴った。学生の頃、このチャイムをどれだけ待ち望んだことか。そんな青春を送っていたのも、もう二十年以上前のことだ。
扉がノックされて入ってきたのは、車椅子に座った亮と彼が乗った車椅子を押すひまりだった。
「あの、僕たちに何か?」
「突然の訪問で申し訳ない。京都府警の者です」
光輝と志穂は警察手帳を示し、突然警察が訪ねてきたことに警戒しながらもふたりは室内に入って扉を閉めた。このふたりが友達以上の関係であることはすぐにわかった。下校中に轢き逃げされたとき同じ場所にいたのも、ふたりが深い関係だからだ。ひまりは亮の車椅子をテーブルの横に止めると、自らはソファに腰掛けた。
「君たちの事故について訊きたいことがあって」
「犯人は捕まったんですか?」
「残念ながらまだ」
亮とひまりがお互いに顔を見合わせて切ない表情をした。きっと警察は頼りないと落胆されたことだろう。
「犯人の目星はついてるんやけど、行方がわからん状態で」
「逃げてるってことですか?」
「いや、何者かに拉致された可能性がある」
「ちょっと、檜山さん」
正式な捜査情報ではないが、確信のない情報をこの場で被害者に伝えてしまうことは危険だ。外部に広まればどこからマスコミに流れるかわからないし、それが警察に伝われば光輝が勝手に行動した上にその情報を流したことが知られてしまう。下手をすれば懲戒処分の対象だ。
「仮面を被った男が現れて、犯人を拉致したという目撃証言があります。何か心当たりはありませんか?」
すべてを語ってしまった光輝を横に、志穂はキャリアを諦めた。相棒である彼が隣で規約を逸脱した方法で聞き込みを行っている。止められなかった彼女も同罪だ。
「さあ、僕たちは犯人すら知りませんので。なあ?」
「うん、もう犯人がどうなったかなんてどうでもいいです。亮が生きていただけで、私はよかったと思ってます」
亮とひまりはまた顔を見合わせて微笑んだ。彼らは希望を失ったわけではなさそうだ。それが知れただけでも、この訪問に意義はあった。ただ、光輝が三年前の失踪事件を解決するために暴走しかけていることは明白だ。
これ以上無茶をするようなら、課長の高津に報告せざるを得ないと密かに決意した志穂だった。
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