失踪
快晴の空の下、平和な住宅街に非日常が降り注いだ。警察車両が路上に停まり、狭い車道は交通規制がかけられた。周辺住民は普段絶対に起きない何かに興味をそそられて規制線の外から様子を伺う。
現場に到着した光輝は不思議な事件に頭を悩ませていた。二階建ての一軒家、一階にはリビングとダイニングキッチン、和室がひとつ、トイレに風呂、二階には六帖の部屋が三部屋。どこにでもあるごく一般的な一軒家。その中にあった非日常は不穏な事件の幕開けを暗示しているようだ。
リビングにある棚や引き出しは荒らされ、侵入者が金目のものを探したと思われる。通報は家主の男からで、用事を終えて帰宅したらこの有様だったという。本日は仕事が休みで午前だけ家を空けていたそうだ。
それだけなら空き巣が入った、で済む話であるが、問題は室内から見つかった血痕と、同棲している恋人と連絡がつかないことだった。
光輝はすぐにある可能性に行き当たった。家主の話では、恋人の
そんな状況であれば抵抗するはず、室内の荒れ方に不審な点はない。大声を出せば閑静な住宅街にいる誰かの耳にその声が届いただろう。しかし、目撃証言や声を聞いた人は見つからなかった。家主が家を空けたのは一時間ちょっと、その短時間で事件が起こったことになる。
彼は懇願した。
「どうか、香代を見つけてくれ」
スーツの襟を掴むその手には大きな力が入り、僅かに伝わる彼の震えが光輝に決意させた。この事件を必ず解決する。
──「檜山さん! 起きてください」
「んあ?」と腑抜けた声を発して身体を起こすと、そこは見慣れた刑事課だった。デスクで事務作業を行なっていて寝落ちしたらしい。後輩の志穂が見兼ねて彼を起こした。理由は、課長が不機嫌に貧乏ゆすりをしていたから。事件は休むことなく起こるのに、こんな場所で幸せそうに居眠りをする光輝に睨みを効かせていた。
「ったく、またあの夢か……」
光輝はまだ寝惚けた脳を目覚めさせる一発を自身の右頬に叩き込んだ。
「例の失踪ですか?」
「ああ」
あの失踪事件から三年が経った。光輝が囚われているせいか、何かの暗示なのか、これまでいくつもの事件に関わった彼は時折妙にリアルな夢を見る。それも、毎回同じ内容だった。夢は見るたびにある程度内容が変わりそうなものだが、この事件に関する夢だけは毎回決まって同じだ。
後輩の志穂は当時まだ別の部署に配属されており、この事件の捜査が終了してから光輝のパートナーになった。
失踪した東香代はまだ見つかっていない。すでに殺害されているとの見立てが多いが、遺体が見つかっていないので光輝はまだどこかで生きていると願い、信じ、独自に捜査を続けた。彼女と交際していた家主の徳間隆治とはたまに酒を呑む仲になった。事件が未解決のままで当初は嫌われていたのだが、捜査を続けていくうちにこちらの熱意が伝わったようで、閉店後の徳之間で隆治の愚痴を聞きながら酒を呑んだのが始まりだった。
「お前、まだあの事件追ってんのか?」
光輝と志穂の会話を聞いて刑事課長の
「高津さんはなんで追わないんですか? 徳間さんの恋人やった人ですよ」
「もう、あいつも半ば諦めてる。残念やけど、あいつは過去を忘れて新しい人生を歩んでるんや。これ以上掘り返すのも酷やろ」
「俺は諦めません。絶対に」
「とにかく、目の前の事件に集中しろ。お前に居眠りする暇なんかない。鴻池も報告書はよ出せよ」
高津はため息をついて光輝のもとを離れた。志穂にまで飛び火が来たことで、彼女もため息をついて自らのデスクでパソコンに向かう。
光輝はポケットからスマホを出し、メールフォルダを開いた。最近届いた一通のメールには、ティーチの情報と轢き逃げ犯であることが書かれてある。被害者は佐々木亮と谷坂ひまり、高校二年生。そして、ティーチがある組織から目を付けられていることも。
これが誰から届いたメールかは不明だ。メールアドレスを解析してもらったが、うまく探知を避けられるようにプログラムされていたらしい。そして、接触したティーチはあの日から行方がわからない。彼もまた、失踪してしまった。
このメールを送った人間は、光輝に何かを知らせようとしている。罠の可能性も捨てきれないが、刑事としてこのメッセージを無視することはできなかった。
まずはティーチに人質にとられたあの女性を探す。何かしらの情報は得られるかもしれない。
俺は絶対に諦めない。
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