急転直下
亮はサッカー部が有名な強豪校でレギュラーに選ばれるほどの逸材で、将来はプロになることも熱望されるような選手だ。サッカー部のマネージャーを務めるひまりはそんな彼を一生懸命に支えた。
ナイター設備がある強豪校では練習が暗くなるまで行われ、午後八時の夜の道を等間隔で並ぶ街灯に見守られながら歩く。ふたりは中学校で出会いお互いに気になっていたのだが、友達以上の仲のまま高校生になり、周囲はどうして正式に交際しないのかと不思議に思っていた。
「次の大会は全国まで行きたいな」
「うん、絶対行けるよ。チームもまとまってるし。私もできることがあればなんでもする」
「じゃあ、もし府大会で優勝して全国に行けたらさ……」
その先の言葉がなかなか出ない亮が俯いているので、ひまりは顔を下から覗き込むように笑顔を見せた。彼が言いたいことはもうわかっている。だけど、その言葉はしっかりと彼の口から聞きたい。
「全国行けたら?」
「付き合ってほしい。俺、ひまりとずっと一緒にいたい」
やっと言えた一言は、亮の緊張を最高まで高め、心臓の拍動がひまりにまで聞こえそうなほどだった。もちろん、その言葉を聞いた彼女も同じほどに緊張した。
「わかった。絶対全国行こう」
「ああ、絶対」
立ち止まっていたふたりは歩くペースを速めた。もう夜も遅く、早くひまりを家まで送り届けなければ家族に心配をかけてしまう。まだ若い亮だったがひまりのことは本気で考えていて、将来サッカー選手になったときにそばにいるのは彼女であってほしいと願った。
ふたりが車道の端を歩いていると、後ろから車両が近付く音がした。ヘッドライトが彼らの道を照らし、まるでふたりの将来を応援しているようだ。偶然のタイミングだが、これもきっと運命が背中を押しているのだと解釈した。
「ひまり、危ない!」
「きゃっ!」
突然強い力に押されたひまりは民家の塀に身体をぶつけて地面に倒れた。肩を強くぶつけた彼女はゆっくりと身体を起こして、真っ暗な車道に目を向けた。そこには街灯に儚く照らされた亮の姿があった。彼は足を押さえて苦痛に耐える唸り声をあげて震えている。
「亮!」
ひまりが亮のもとへ駆け寄ると、彼は頭から出血しており足を痛めたようだ。状況が飲み込めないでいたが、おそらく先ほどの車両に轢かれたのだろう。ひまりを守るために彼女を押した亮が車両と接触したのかもしれない。
ひまりが身体をぶつけた塀の奥にある民家から物音を聞いた中年男性が様子を見るために出てきた。
「どうした? なんかあったんか?」
「救急車を! お願いします!」
「お、おお、すぐ呼ぶわ!」
住宅街で起こった事故に、近所の人たちも騒ぎを聞きつけて亮の保護を手伝ってくれた。その後救急車が到着し、通報を受けた警察もやってきた。
ひまりは自宅と亮の家に連絡を入れ、救急車に乗って病院に向かった。亮は意識を失っており、一刻も早く病院での治療が望まれる状況だった。サイレンを鳴らして車道を走る救急車の中で、ひまりは亮の手を握って無事を祈った。
──亮は病院で目覚めた。
室内は真っ暗だったが、ずっと瞑っていた目は暗闇に順応していた。首を起こして室内を見たが、他に誰もおらず個室のようだ。時間は不明だが、おそらく深夜で訪問はできない時間だろう。
亮は記憶を辿り、最後に覚えていたのはひまりと歩いていたいつもの岐路だった。
そうか、車に轢かれたんだ。
足に力を入れようとしても意思に反して動こうとしない。
「待てよ、なんで……」
次の大会で全国に行かないと、ひまりと約束したんだ。いや、少しの間眠っていたから身体が動かないだけだ。そう、きっと時間が経てば問題なく動けるようになる。
──翌朝、亮は絶望した。
意識が戻って経過観察をするために病室を訪ねた医師は、脳や内臓には損傷がないことを説明してくれたが、足へのダメージが残るらしい。骨折した上に神経に傷が付いて、元通りに歩くためにはリハビリが必要だそうだ。期間は不明でしばらくは車椅子での生活になる。そして、高校生のうちにサッカーをすることは、ほとんど不可能に近い、と。
ひまりが学校帰りにお見舞いにやってきて、亮は彼女にすべてを打ち明けた。彼女との約束はもう守れない。だから、もう忘れてくれと伝えた。
ひまりは泣き出して、「馬鹿にしないで」と怒って病室を去った。
たったひとつの出来事が、順調だったすべてのものを破壊した。もしかしたら、サッカー選手になるという目標も諦めることになるかもしれない。
警察は轢き逃げ犯を追っているが、車両は盗難されたもので所有者の照会は無意味だった。ナンバープレートも盗難されたものを付け替えたものだったらしい。
真犯人を特定することは非常に難しい。それが現実だった。
その日の夜、何もかもを諦めた亮の前に現れたのは、左目が白い謎の男だった。
「アッシュディーラーが悪を粛清しましょう。条件はふたつ。他言禁止であること、相応の対価を差し出すこと」
その言葉を聞いた亮は、正体を知らない怪しい彼を不思議と頼りたくなった。
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