25.たどり着きました。




「ブァーッハッハッハ! 零矢ァ! きみは最高のサンドバッグだぁ!」

「おまっ! ハメ技は反則だろ!?」


 数十分後。

 零矢を迎えて遊ぶゲームが格闘ゲームに移り変わってからというもの、私は親友に対する『いつもの』態度で彼をいじめていた。


「クッソ抜け出せねぇ……!」

「私のっ、このっ、手の上で……転がされているんだよ! ダーッハッハッハ!」

「ねぇ加奈子ちゃん、夜奈美の人格変わっちゃってない?」

「カービィはこのゲームだけ上手なんですよー、凄いでしょ。私の前でもこんな風にはなったことないですけどね、妬けちゃいますね」


 とても懐かしい気分だ。高校に入学する前はよくこうして零矢をサンドバッグにしていたっけ。


「っし抜けた! 覚悟しろ夜奈美ィ!」

「わぁっ! ちょ! タンマ!」


 そういえば日によっては私もサンドバッグにされていたな。

 八ヵ月も近くて遠い存在だったから、そんなことも忘れてしまっていた。

 

「オラァ!」

「ぎゃあーっ!」


 あっ……負けた。

 隣で零矢がガッツポーズを取っている。生意気なやつだ。

 まぁ、零矢と遊ばなくなってからは加奈子と数回遊んだ程度で、ほとんど手をつけてなかったから腕が鈍るのもしょうがない。


「俺の勝ちだな夜奈美?」

「くぅ……」

「はいはい二人ともそこまでー、ゲームはちょっと休憩にしよ。ボク、下からお菓子とお茶持ってくるね」

「あっ、あたしも手伝いますよユッキー!」


 執事や使用人には頼らずわざわざ自分で午後のおやつを用意しようとするお嬢様と、ドタドタと彼女を追いかける少女が部屋から去っていった。


 零矢と私で、部屋の中に二人きり。

 彼からすれば数ヵ月単位で久しぶりな状況なのかもしれないが、何度も時を遡った私としては懐かしさの欠片もない。

 ……それでも少しは緊張するけど。



「なぁ、夜奈美」

「ど、どうかした?」

「一つ……聞いていいか」


 零矢の言葉にこくりと頷く。

 質問の内容が蘇った記憶の詳細などであったら詳しくは話せないが、藪から棒になんだろうか。


「いまのこの時間は──ちゃんと夜奈美の望んだ未来になっているかな?」

「っ! ……零矢、もしかして記憶が?」


 彼はかぶりを振る。


「詳しいことは何も。……でも、別の世界線の俺は」


 そこで一瞬言い淀む。

 だが急かさずにそのまま待っていれば、彼は自分で心の整理をつけて再び口を開いた。


「……は夜奈美の幸せを願っていたと思うから。だから、その、無粋なのは重々承知なんだけど……気になっちゃって」



 自信なさげに言葉尻が萎縮していき、私と目を合わせることもなく、零矢は指で頬をかく。

 聞かずにはいられなかったが、今になって質問したことを後悔している──そんな風に見えた。

 バカだな。

 今以上に私が望んだ形の未来はないというのに。


「もちろん」

「……夜奈美?」


 そっと彼の手に私の手を重ねる。

 ほとんど力など込めず、優しく包み込むように。

 記憶にのみ残っているあの世界で、零矢が私にしてくれたように。

 傍にいることで不安も恐怖も共に背負ってくれた、あの時の彼のように。


「雪さんがいて、モリちゃんがいて……こうして隣に零矢がいてくれている。これ以上の幸せな世界線なんてないよ」


 そして彼があの時口にした言葉を、私もずっと言いたかった。



「私を見つけてくれて───ありがとう、零矢」



 彼の顔を見て、しっかりと笑顔で、迷うことなくその思いを伝えた。伝えることができた。

 かつての親友に。

 この世界での親友に。

 ……いや。

 前世を知った今でも思いは変わることなく──想っている相手に、私は心からの感謝を送ることができた。

 失うことなく、隣に座って、想いを告げることができたのだ。


 それこそがあの無限迷宮を踏破した私への、この世界からのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。


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