EX:前編






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 どうやら俺は転生してしまったらしい。


 たった一人の大切な親友が事故で命を落とし、生きる活力を失ってフラフラと街の中を放浪していたら、信号を無視した乗用車に気がつかずそのまま跳ね飛ばされて、気がつけば別の人間になっていた。


 笑い話にもならない。親友は一人の子供の命を救って死んだというのに、俺はただの前方不注意だったなんて。


 そんな情けない俺だったが、この世界ではとある物語の主人公になっていた。

 無論思春期の恥ずかしい病でそういった妄想をしているわけではなくて、そう確信できる情報がすぐ目の前にあったからこの事実に気がついたのだ。


 それは俺の『凛条零矢』という名前。

 そのキャラが登場していたアニメはあまり見ていなかったのでタイトルも忘れてしまったが、この凛条零矢という男はネットやSNSでそこそこ有名だったため俺も少しだけ知っていた。


 曰く、ヒロインの攻略ルートを一つだけ潰されたハーレム主人公。


 確かまとめでは──アニメはよくある異能バトルもので、テンプレのようにチート能力で敵に勝っていろいろなヒロインを堕としてハーレムに加え入れていくのだが、一期・二期・OVA・劇場版などの全作品を合わせても、たった一人だけ救えず攻略もできなかったヒロインがいる──なんて書いてあった。


 如何せん他のヒロイン攻略が王道的な単純なストーリーだったこともあり、一人だけ別アニメのように不幸で、鬱展開にも巻き込まれ最終的には救われず死んだ(らしい)そのヒロインだけが悪目立ちした結果、界隈ではそのアニメが少しだけ有名になった、とかなんとか。


 俺も親友もそのアニメは見ていなかったので、知っているのはこの程度だが。

 そもそも興味がなかった親友は凛条零矢の名前すら知っていたか怪しい。


 ともかく、主人公として転生したのならやることは一つ。

 件の『救われないヒロイン』とやらを助けることだ。


 前世では誰よりも大切だったはずの親友を見殺しにしてしまったのだ。

 ハーレム主人公のストーリーへの興味なんてのは毛頭ないが、せめてもの罪滅ぼしとして──もう一歩手を伸ばせば届くはずの少女くらいは助けよう。



 ……というつもりだったのだが、困ったことにそのヒロインが誰なのかが分からなくて。


 あと凛条零矢がどういう性格の主人公なのかも知らないため、何をどうしたらいいか分からず、結局俺は15歳まで『普通に』生きた。


 お人好しな主人公を目指して人助けをしたことはあるが、それも小学校の頃に足をくじいた女の子を一人保健室まで運んだ程度のものだ。

 残念ながら俺には王道ハーレム主人公のような正義感は備わっていなかったらしい。


 むしろ、俺には主人公なんて無理だと確信していた。


 自信の無さとか正義感云々とかではなくて、いつの間にか俺には一人だけ好きな人がいたから。

 きっかけを作ったのは俺からだったけど、距離を詰めてきてくれたのはあちらの方からだった。


 特別な何かがあったわけじゃなくて、ただ距離の近い友達として一緒に過ごしていたら──親友とまで言える関係になったときには、すでに友情ではなく異性としての好意を向けてしまっていた。


 俺はその女の子が好きで。

 だから高校に入ってからもし物語が始まったとしても、ハーレム主人公になることなんてないのだろうと、ただ漠然とそう考えていた。



 だが、高校生になった俺はその少女と離れ離れになってしまった。

 劇的な別れがあったわけではない。

 物理的な距離で言えば、たった一つ隣のクラスなだけだ。

 相変わらず家は近所だし、同じ高校だから見かける機会もたくさんあった。


 しかし、一言も話せない。

 会話ができない。

 まるで世界の全てに邪魔をされているかのように、彼女へ接触しようとすると何かしらの障壁が立ち塞がる。


 声をかけようとすると必ず別の誰かに話しかけられ、気がつけば彼女はどこかへ消えてしまう。

 電話をかけても繋がらない、メッセージの送信は毎回失敗してあっちからの返信も届かない。

 直接自宅へ遊びに行こうものなら怪物や悪い人間が引き起こす事件に必ず巻き込まれる。


 なにより俺を取り巻く環境の移り変わりが激しいせいで、彼女に接しようとする時間が奪われてしまう。

 悪の組織に利用されている女の子を助けたら、次は道端で怪物に襲われている娘を助けて、またヤバそうな事件に巻き込まれて、その時に助けた幼女が家に突撃してきたり、目の前で女の子をペンダントの中に吸い込む変態と出くわしたり、悪の組織が作った自分のクローンを倒すために、夏休みはずっと海外で戦ったり──もうたくさんだ。


 本当に世のハーレム主人公たちを尊敬する。

 よくこんな異常事態に巻き込まれ続けても耐えて、それでいてヒロインたちの機嫌を良くしたり好感度を稼いだりできるものだ。

 マジで凄い。二度と馬鹿にはできない。俺にはキャパシティオーバーだ。


 あぁ、クソ。

 別にこんな愉快な毎日じゃなくていい。


 ただ夏休みは無意味に時間を浪費しながらあの子と一緒に、おやつを食べたりテレビを見たりゲームをしたり漫画を読んだりして、昼から夜まで怠けていたかった。


 俺はただの男子高校生なんだ。

 ヒロインやストーリーがまつわる特別なイベントよりも、ダラダラと遊ぶだけの休日の方が好きなんだ。


 怪奇研究部の仲間たちの前では笑顔を作って、敵の前では気丈にふるまって戦い続ける──なんて、主人公じみた生活はもうやめたい。

 彼女たちが悪いのではなく、俺自身が情けないほどに普通すぎるのだ。

 これ以上は頑張れない。

 誰かのために戦い続ける気力なんて俺にはない。



 ──そう、思っていたけど。



『あ、おーい夜奈美!』


 たった一度だけ、誰の邪魔も入ることなく彼女に話しかけることができた日があって。


『……夜奈美?』


 そのとき彼女は何も言わず。

 そのまま俺の横を通り過ぎようとして。


『ちょ、おいどこ行くんだよ!』


 思わずその肩を掴んで引き留めて。



『……かまわ、ないで』



 伸びた前髪で目が見えなかったものの、とても苦しそうに口元を強張らせた彼女が、俺の手を振り払って走り去ってしまったその姿を目の当たりにして。

 今までの俺の行動が、この半年間彼女をずっと苦しめていたのだと知って。


 決意した。


 他の誰かの為ではない。

 俺は彼女のために戦わなければならないのだと。


 そして──その時は唐突に訪れたのであった。





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次回の19時05分更新で最後になります。

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