24.平穏を得ました。





 2018年:12月15日



 今日はずっと家の中でゴロゴロしていた。

 ……といっても自分の家ではなく、雪さんのお家だが。隣にはモリちゃんもいる。


 光陰矢の如しとはよく言ったもので、河川敷のあの日から既に一週間が経過している。

 その間はスマホが手元になかったせいで日記も書くことができなかった。


 今更ながら、事の顛末をまとめよう。


 まず、零矢は私や闇神と同じ”転生者”で、しかもその正体が前世でのの唯一無二の親友だった。


 到底信じられないが、互いの記憶を照らし合わせると不思議なくらい合致して、これが勘違いではないと早々に判明した。


 だが親友同士の再会によって『零矢に自分の正体を明かして夜奈美ヒロインとしての自分を失う』という代償がちゃんと代償になっているのか不安になってしまった私は、追加の代償としてタイムリープスマホを川に投げ捨てたのだった。


 どういった原理なのかは定かではないものの、時空獣の力に目覚めた私は使タイムリープが可能になっていた。

 逆に言えばあのスマホがなければどれだけ『戻りたい』と祈ったところで時空間を遡ることはできない。


 つまり追加の代償は『スマホの破棄』ではなく『タイムリープ能力を起動させるトリガーの破棄』ということになる。

 この代償が功を奏したのか、はたまた最初の代償が有効だったのか、とにかく私は零矢もモリちゃんも雪さんも失うことなく12月8日を超えることができた。

 他の怪奇研究部の面々も無事だったようだし、その事実があるだけで私は救われた。


 次に悪の組織や両親についてだが──勝ってしまった。

 いや、原作がどういった流れなのかは知らないのだが、ともかく怪奇研究部のフルメンバーで戦った結果、少なくとも両親が所属していた支部自体は壊滅させた……らしい。

 私はお留守番だったので詳しいことは分からないが。


 これを不幸中の幸いと言っていいのかは判断に困るが、本来一人で組織に抗うはずだった(?)期間、私は闇神の自宅に匿われていた。

 そして12月8日を超えてからはずっと雪さんのご自宅こと”豪邸”で保護してもらっていたので、結局今日まで組織の人間や悪に堕ちた(堕ちていた……?)両親をこの目で見ることもなく安全に過ごしていた。


 あとは簡単だ。

 雪さんの謎のお嬢様パワーでいろいろ手続きは済んで、数週間後には学校の寮に住むことになり、それまではこうして彼女の家で過ごすことになった。

 会ったこともない親戚の家に預けられるよりは、前世でも経験のある一人暮らしの方がずっとマシだ。それどころかここまで親身になって協力してくれた雪さんや研究部の皆には頭が上がらない。


 無限にも思えたループからは抜け出し、介入者による呪いも終わり、孤独な以前とは違い仲間に囲まれ。

 私の生活は平穏の二文字であった。





★  ★  ★  ★  ★




 

 今日はクリスマスイヴ。


 

「でね、カービィ! こっちの映画は刑事ドラマなんだけど犯人のトリックが凄くて、こっちは孤独なSFなんだけど地力と天才的な発想で宇宙の脅威と戦うやつなの! カービィはどっちがいい!?」

「え、えーと……」

「もう、加奈子ちゃんってば映画ばっかり。ねぇ夜奈美っ、ボクとゲームやろうよ!」


 とても広い雪さんの部屋の中で、その家主であるゲーミングお嬢様と映画オタクことモリちゃんの板挟みになりながら、私は表面上苦笑いして内心クソ喜んでいた。


 なんだこれ困るけど幸せすぎる。

 自分が取り合いの対象になるってこんなにポカポカした気持ちになれるものなのか。

 零矢、お前はこんな脳内麻薬をほぼ毎日……? 嫌いになりそう。


「ユッキーのゲームは難しいのばっかりじゃないですか! カービィはゲーム下手なんですからいじめないでください!」

「カービィってあだ名なのにゲーム弱いんだ……。い、いや、仲間同士で対戦するやつはやらないって。夜奈美も既にパッド持ってるし、ほら加奈子ちゃんも! 私がキャリーして勝たせてあげるから野良混ぜてスクワッド一緒にやろ!」

「専門用語で話すのやめてぇーっ!」


 あーだこーだ言いつつも結局はモリちゃんも一緒にプレイしてくれるようだ。

 やっぱりモリちゃんは良い子ですね。


 ちなみにこの三人で遊ぶほど仲が良くなった理由は、組織の支部壊滅後に雪さんの家に保護されて接する時間が増えたから──というのもあるが、もう一つ理由がある。


 スマホを破棄したことで私から時空間移動の能力が消滅し、おそらくそれが何かしらの引き金となり、私と特に深く関わっていた零矢・加奈子・雪さんの三人には少しだけ記憶が戻ったらしいのだ。


 もちろん全てではなく記憶も限定的なので、三人が覚えているのは『加愛夜奈美を助けるために何かしらの行動をとった』という曖昧模糊なものであるらしい。


 三人とも全容が気になっているようだが、全てを思い出す必要はないと私は思う。

 そこには少なからず彼らが苦しんだ記憶もあるから。

 本当に命を落とした、あのトラウマになってもおかしくない記憶が。


 細かい真実は私の中にだけ留めておこうと思う。

 私自身が彼女たちの勇気をしっかりと覚えていればそれでいいはずだ。


 ともかく、記憶が少し戻った彼らとはすぐにまた打ち解けることができた。

 雪さんも私の呼び方を『加愛さん』からすぐ『夜奈美』にしてくれたし、記憶の復活も悪いことばかりではないようだ。



「失礼いたしますお嬢様。少々よろしいでしょうか」


 コンコンとドアがノックされ、外から老齢の男性のような声が聞こえてきた。

 雪さんはゲーム画面から目を離さず、声だけをそちらへ向ける。


「爺や、どうかした?」

「お客様でございます。あのいつもお話しされてる、確か……凛条さまでしたか」

「えっ、凛条くん?」

「……!」


 驚く私とは対照的に、客人の正体を知ってなお、うーんと唸る雪さん。

 ゲームに集中しているのもあるだろうけど、ちょっと面倒くさそうな表情だ。


「……雪さん?」

「来てくれたのは嬉しいけど……うむむ、今日は女子会のつもりだったんだけどな」

「いいじゃないですかユッキー? ちょうどチームの枠も一人余ってることですしおすし」

「うーん、まぁ……。あっ、夜奈美は大丈夫?」

「えっ」


 意外だった。

 以前までのイメージ通りなら、零矢が遊びに来たらもっと喜ぶか身支度に焦りそうな雰囲気があったのだが、今の二人はあっけらかんとしていて且つ私の意見も求めている。

 ……なんだろう、一人だけ一瞬でも焦った私が馬鹿みたいだ。


「い、いいんじゃない……かな? ほら、同じ部の仲間ですし」


 何かモリちゃんと似たようことを言ってしまった。おすし。


「そっか。あー、爺や! 上げちゃっていいよ!」

「承知いたしました」


 

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次回は19時05分更新になります。

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