22.決着しました。



 ──いまさら特殊な武器など出てくるわけがない。

 あの日本刀を呼び出すのも身体能力を向上させるのも、全てお前の能力だろう。

 それらの能力は全て俺が消した。

 お前が使っていたあの能力を消滅させるナイフを使って、お前の体を一般人のそれに戻してやった。


「出ろっ! 出ろよ!? ハァッ!? 意味わかんねぇなんだよこれ! おいッ!!」

「……何のための五日間だと思ってたんだ。お前が寝てる隙にナイフを奪って身体の一部を傷つけるなんて出来ないワケないだろ。……まぁこっちはやるとき心臓バクバクで気が気じゃなかったけど、グッスリ寝てたら数ミリちょっとの切り傷が増えても、案外気がつかないもんなんだな。勉強になったよ」


 何度も。

 何度も。何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も、お前が俺の大切な人に突き立てた凶刃で、お前の力を奪ってやったのだ。

 お前を守るはずの力で、お前がこの世界で闇神臨十という大層な名前の強キャラでいるための全てを奪ってやったんだよ。


「なっ、なんで、どうしてあのチート武器のこと知って……!?」

「教えてやるわけないだろ」

「ならあのナイフはどこにやったんだよ!?」

「さぁな。ここからずっと離れた都道府県のナンバープレートを付けてた軽トラの荷台にぶん投げといたから、今頃どこにあることやら」



 嘘だ。本当は今も俺が隠し持っている。

 こんなものは俺が責任を持ってどこかに封印しなければならないのだ。

 間違ってもこんな──強大な力を持っていれば平気で人を殺せるような異常者の手には、絶対渡してはいけない代物なのだから。


「なぁ、どうだよエセ主人公。お前の望んでたヒロインも、能力もチートも全て俺が奪ってやったぜ? 何か言ってみろよ」


 この世界へ介入するためにクソみたいな神から貰った特典おもちゃは全部取り上げた。

 これで正真正銘の一般人になった。

 俺と同じ条件だ。

 ただの無力な人間だ。

 ようやくこの世界を“物語”ではなく“現実”として捉えられるようになったはずだ。


「うっ、ぁ」


 闇神は言葉を失っている。

 この世界に見出していた唯一の価値である夜奈美は偽物で、第二の生を謳歌するための強い能力は大して使う間もなく消え去って、底知れぬ絶望感を味わっているのかもしれない。


 そうだ。

 そのまま、何もかもが思い通りにいかず、全部を奪われた絶望の中で生きろ。

 転生を望んでまた死のうが勝手にすればいい。


 この世界線でのお前は俺と零矢の接触を制限させただけで、それ以外のことなんて──罪に問われるようなことなんてしていないんだろう。


 今回の五日間、組織から守ってくれたのもまた事実だ。

 加愛夜奈美を知る人間としてこの世界へ介入し、彼のおかげで俺の運命が変わった可能性も大いに存在する。


 かなり執着していたあの様子から見て、もしかしたら本来の俺は自分の想像以上に過酷な未来を迎えていたのかもしれない。

 もしかすれば──彼の介入が結果的に俺を助けてくれたのかもしれない。


 だが、この男は力を持っていれば簡単に人を殺してしまうことを知っている。

 俺の大切な人たちを殺す可能性を大いに秘めていたことを知っている。

 彼には『自制』という、人として無くてはならないモノが欠如しているのだ。


 だから容赦はしない。

 俺は俺の都合でお前を不幸に陥れる。

 身勝手な理由でお前を突き放す。

 かもしれない仮定ではなく、実際に命を賭してここまで俺を導いてくれた仲間たちの未来を取る。

 この世界で──彼と歩む未来ルートは存在しないのだ。


「金輪際俺の前に姿を現すなよ。いいな」

「あっ、ぁ……」

「──失せろッ!!」

「ひっ……っ!」


 大袈裟に叫んだ俺の一言に怯み、哀れな少年は尻尾を巻いて河川敷から逃げ去っていった。


 可哀想だとは思わない。そんな資格もない。

 奴は別の世界線で何度も何度も仲間を殺したのだ。この世界線でも、あの様子じゃきっと零矢に手を出していた事だろう。

 本当なら一発くらいは本気でぶん殴ってやりたかった。

 でも、それをしたら奴と同じになってしまう。

 ここまで必死に俺の命を繋いでくれた皆の思いを踏み躙ることになってしまう。


 だからこの道を選んだ。

 あいつを俺と同じ一般人にまで降格させて、現実の痛みをもって苦しませるために。

 なにより誰も死なせないために。

 きっと彼は強大な力を持っていてはいけない人間なのだ。

 チートがある限り彼はこの世界を“物語”としてしか捉えられない。

 そこに生きる命の重みが本物だという事に気づけない。

 俺と同じようなただの人間にならなければ、倫理観を伴った現実を見られるようになれない。

 そういう人間だ。これまでのループでよく理解できた。

 だからこの方法を取ったのだ。もちろん、この行いに後悔はない。



「……はぁ」

 

 終わった。

 全部終わった。

 いろんな意味で、俺は終わってしまった。


「………夜奈美」


 まだ少し離れた位置にいた零矢が俺の──私の名を呼びながら、困惑を混ぜた真剣な面持ちでこちらへと足を進める。

 ダメだ、来るな。

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