21.消し去りました。



「お前が夜奈美を……」


 零矢が呟く。その言葉は闇神に向けられたものだ。

 俺がただ闇神の傍にいるだけだと、彼はモリちゃんと共に俺を助けるため闇神の自宅にまで突撃してくる未来もあったので、今回はあらかじめ『闇神の家にいるけど絶対助けには来るな。8日に全部説明する』と電話で釘を刺している。


 もちろん闇神の詳細もすでに話してあるので、零矢からすれば闇神は五日間俺を監禁していた危険人物だ。

 俺の意思で一緒にいたため監禁という部分は間違っているが、誤解を解くのも面倒なのでそこは黙っておく。


 そんなこんなで二人の少年を呼び出したのだ。

 一人は忌まわしき因縁を断ち切るために。

 もう一人は目の前にいてもらうことで、俺自身に『失った』と自覚させるために。


「……二人に話があるんだ」


 俺のその言葉で、互いに警戒しあっていた二人の意識は自然とこちらへ向けられる。

 それでいい。しっかり聞いてくれ。


「実は、私……」


 この態度も、この姿も、いままで二人が見てきたこの俺が嘘にまみれた存在だと知ってもらう。


「……いや、は───」


 それがこの最後のループで支払う代償だ。 



「俺は本当の加愛夜奈美じゃない」



 その言葉を聞いた二人は何も言わない。何も言えない。

 俺が何を言っているのか理解できなくて固まっている。


「闇神。俺はお前と同じ転生者だ」


 俺の二言目を受けた闇神は──


「………………は?」


 まぁ、そうなるよな。


「もう一度言うぞ。俺は本当の夜奈美じゃなくて、この世界に転生した偽物の夜奈美だ」

「…………なに、いって……」

「前世は男だったんだよ。今もその記憶と人格がしっかり残ってる。つまり俺は夜奈美の皮をかぶって女のフリをしてた男だったってわけ」


 転生者云々はともかく、後半の内容は零矢にも理解できる言葉のはずだ。

 俺の中身が純粋な少女ではなく、今まで女ぶってただけの男だという事実を。

 

「さすがにちょっとは驚いたか? いや、悪かったな今まで騙してて。正直あそこまで上手くいくとは思わなかった。女のフリした男に誘惑されて鼻の下を伸ばしてるお前は傑作だったよ」

「ふ、ふざけんな……」

「嘘だと思ってんのか? って話に関しちゃお前が誰よりも詳しいはずだろ。……それでも信じられないんだったら──俺の昔の名前を教えてやる」


 自らの記憶を掘り起こす。

 この世界で過ごしてきた人生よりも、もっと前の古ぼけた記憶を探る。

 忘れたかった記憶だ。

 ずっと隣にいてくれたあの親友という一点を除いて、自分の名前すらも忘却の彼方に棄ててやりたかった大嫌いな記憶だ。


「昔の俺は『  』って名前だったんだよ! アハハッ! どうだすっげぇ男らしい名前だろ! そんな『  』くんにお前は好意を向けてカッコつけてたんだぜ! あれ面白かったなぁ!」

「……やめろ」

「なんだっけアレ? 『クッ、きみは知らないほうがいい……』だっけ? ……くっふふ、思い出しただけで腹痛くなってきた……お前ほんと凄いヤツだよ。あれ恥ずかしくなかったの?」

「──やめろッ!!」


 構うものか。

 掘り返されたくない過去はいくらでも蒸し返してやる。

 お前が嫌がることなら何だってしてやる。

 羞恥に苦しめ。

 転生した先で目的のヒロインがいなかったことに絶望しろ。

 そして──


「クッソてめぇっ、ぶっ殺す!!」

「どうやって殺すの?」

「あぁッ!? そんなの──」


 頭上に手をかざす闇神だが、彼の手には何も起きない。

 本来現れるはずの日本刀は出現しないし、力を発揮する時の禍々しいオーラだって出てくることはない。

 そこにいるのは意味ありげに天へ手を掲げただけの少年だ。


「ぁ、あれっ……」

「何も出てこないぞ? お前もしかしてそんなに思い込みが激しい状態だったのか。重症だな……なんかすまん」

「うっ、うるせぇッ!! なんだよクソっ、おかしい! どうして武器が出てこねぇ!? なんで……ッ!?」

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