20.決意しました。




 2018年:12月5日



 別荘が組織に突き止められ、また逃げ回ることになった。

 それでもやっぱり雪さんはどこか余裕ありげな表情で、常に私を明るく励ましながら前に進んでくれる。


 もちろん危ない戦闘もあったし、実際に雪さんは怪我を負った。擦り傷程度のものだったけど、私が錯乱するには十分すぎた。

 また自分のせいで他人を傷つけてしまった罪悪感がぶり返して、どうしたらいいのか分からなくてまた涙が浮かんできた。




★  ★  ★  ★  ★




 ──それでも。雪さんは私を受け止め、また励ますだけではなく叱咤してくれた。


 抗う気持ちをまだ持っているなら、立ち止まってはいけない。

 どれだけ無様に泣いてもいいが、足だけは止めちゃいけない。

 歩みを止めて振り返るのは、全てが終わった後でいい。


 時を遡ってでも未来を変えたいと、この選択は間違いなんかじゃないと、そう信じているのなら泣きながらでも進むべきなのだと。

 優しく受け止めるだけではなく、背中を叩いて奮い立たせてくれた。


『誰が相手でも何が来てもボクは君を守る。だって、きみの眼は死んでいない! まだ諦めてない! きっと未来を切り開けるとボクに信じさせてくれている!』


 もう一度立ち上がることを信じてくれたんだ。それなら。


『だから、きみも頑張れ! さぁ、立って!』


 迷うのは、甘えるのは、ただ頼るだけなのは。



『進もう! 夜奈美っ!』



 自分の弱さを言い訳にするのは、もう終わりにしよう。










★  ★  ★  ★  ★











 きっと、時空獣の力によるタイムリープには”代償”が伴うのだろう。



 闇神の介入を拒絶した私が時空間を移動した結果、その先で私は必ず何かを失った。


 失ったから戻れたのではなく、戻ったから失ったのだ。

 何度タイムリープを経験しようとも、必ず何かを失わずに12月8日を超えることはできなかった。


 全てを救うハッピーエンドは不可能なのだと悟った。

 この力は万能のタイムマシンなどではない。

 時空間を遡るその事実と引き換えに、戻った先で私にとって重要な何かと等価交換をしなければならない。


 ならば、私が望む“大切な人が死なない世界線”へたどり着く為にはどうしたらいいのか。

 いったい何を犠牲にすれば、この先の未来を切り開くことができるか。


 ここまで延々とこの無限回廊を彷徨い続けていて、一度も失わなかったものが一つだけ存在する。

 それはこの世界に生まれ落ちてからずっと守り続けてきた、保ち続けてきたもの。


 私が私であるために後生大事に抱えてきた、死ぬまで明かすことはないと信じていた、なによりも大切な秘密。



 そうだ。を──『加愛夜奈美』という自分を失えばいいのだ。







★  ★  ★  ★  ★








 茜色の夕焼けが照らす河川敷には、三つの影が存在する。


 一つはこの世界に存在するとある物語の主人公である、凛条零矢の影。

 もう一つはその物語を捻じ曲げようと画策する人物、闇神臨十の影。

 最後はその二人を意図的にこの場で出会わせた、加愛夜奈美の影。 


 まるで俺たち三人で三角を作るような形で、互いに一定の距離感を保ったまま対峙している。

 風もなく、通行人もいない、ただ静寂が支配する夕日の河川敷で向かい合うその姿は、青春ドラマのワンシーンのようにも見える。

 まるで一人の少女をめぐって二人の男子が争うような──否。この例えは致命的に間違っている。


 なぜなら


「凛条……? お、おい夜奈美、なんでこいつがここにいるんだ?」


 闇神が分かりやすく狼狽えている。

 それは当然だ。

 恋焦がれている少女に思わせぶりな態度で『話がある』といって連れて来られた先に、自らの宿敵である男も立っていたのだから。


 現在は12月8日。

 闇神の当初の予定通り12月3日に俺を拾わせ、組織から守ってもらいながらそのまま五日経過した世界がここ。

 すぐにでも加愛夜奈美を自分のものにしようとカッコつける彼をのらりくらりと躱しつつ、たった五日の共同生活で夜奈美への感情を増幅させつつこの場へ呼び出した。


 俺はこれから彼にショックを与える。

 それもとびきりのショックを。

 だからそのショックをより大きくするために、この五日間は闇神の望む『自分に対して都合のいい加愛夜奈美』をわざと演じ続けた。


 ──今日、ここで全てを終わらせる。

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