9.確信しました。
『あ、おーい夜奈美!』
気のせいだ。
『……夜奈美?』
きっと、気のせいだ。
『ちょ、おいどこ行くんだよ──』
きみの物語にそんな名前の
★ ★ ★
この夏休みの間、彼はずっと家には戻らなかった。
研究部のみんなと海外に行っていたらしい。きっと遊びに行ったわけではなくて、海の向こうでもヒーローみたいに悪をやっつけていたのだろう。素晴らしいことだ。
それならきっと、誰かの部屋で延々と日が暮れるまでだらけていた過去なんて。
そんなことに付き合わせていた女の存在なんて、排斥されて然るべきなのだ。
彼は皆のヒーローなのだから。
たくさんの女の子たちを救って、それで、えっと、そう、その女の子たちと過ごす時間が彼にとっての大切なものなんだ。
彼の楽しい時間は彼女たちが作ってくれる。
彼女たちとの思い出が彼の力になる。
ただ無意味に時間を浪費しながら、おやつを食べたり、テレビを見たり、ゲームをしたり、漫画を読んだりして、昼から夜まで怠けているなんてきっと彼には似合わないんだ。
もっと有意義で、そう、有意義に、意味のある時間を過ごす方が相応しい。
きっとそうだ、間違いない。
だって物語の主人公なんだから。
特別な要素なんて何もない──モブみたいな親友なんて最初からいなかったんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『んで、最後の三つめだけど。オレを夜奈美と同学年の男子として、最初から同じ高校の別のクラスに通っていたって状態で転生させてくれ』
『あぁそれと、転生させるタイミングは夜奈美のストーリーが始まる直前で頼む。いろいろ時間をかけて積み重ねるのは面倒だし』
『なんでそこまで夜奈美にこだわるのかって? ……そりゃ当然、夜奈美が好きだからに決まってるじゃん』
『知らないだろうから教えるけど、夜奈美は不遇なヒロインなんだよ』
『一番最初から隣にいたのは夜奈美なのに、凛条の正妻ポジションはぽっと出の雪に取られるし』
『友達で同じく無力な一般人枠だった加奈子も覚醒して戦闘要員なってからは一人だけ置いてけぼりになるし』
『弟を利用されて敵になってたアルスとか』
『実験で生まれたホムンクルスの
『怪物と人間のハーフで、感情を抑圧されてペンダントに封じ込まれて敵のエネルギー源にされてた
『一期だと出番はあっても凛条とのイベントはほとんど他のヒロインのイベントやストーリー進行に潰されるし……』
『アニメ二期は──そうだよ! 二期からがひでぇんだよ!』
『ようやく自分が中心のストーリーが始まったと思ったら……両親には裏切られて、詳しい内容は描写されてないヤバそうな実験に巻き込まれて、悪の組織には一人で追われ続けて!』
『ここから夜奈美を救う物語になっていくんだなって思うだろ普通!? でも違ぇんだ!』
『凛条と加奈子が見つけた時の夜奈美は片目を失明するほど既にボロボロで……なのに終盤は夜奈美じゃなくて雪が人質にされて! 心身ともに限界な自分を助けてほしい気持ちを押し殺して夜奈美は凛条の背中を押すんだよ! 私なんかより大切な人を救ってあげてって言って!』
『あまりにも負けヒロインすぎん!? 雪推しの奴らも首をかしげるくらい誰得ストーリーでさぁ!!』
『一般人じゃ太刀打ちできない状況下だから凛条を支える役は他のヒロインに取られて、二期はメインヒロインの立ち位置のはずなのに最後は負けヒロインのテンプレみたいに……!』
『聞いてくれよ! 二期の最後のシーンな!? ハーレムに囲まれてる凛条を遠くから一人で眺める夜奈美のカットで終わるんだよ! 泣きそうなのを必死に我慢してる歪んだ笑顔のシーンで!』
『しかもトドメと言わんばかりに劇場版じゃ凛条を庇って大怪我するんだ! それでも劇場版のヒロインを助けたい凛条を迷わせないために自分の気持ちは最後まで伝えないで──死ぬんだよ! 全員が戦いに行ってる中で、誰もいない病室でさ!』
『いろいろあって最後は夜奈美がどれほど自分のことを好きだったのかを凛条が知って泣き喚くんだけど……遅すぎるんだって! マジでおせぇよバーカ!! ふざけんな死ね!!』
『…………あ、ごめん。一人で盛り上がっちゃってたな』
『つまりさ、夜奈美を助けたいんだよ。可哀想が天元突破して皆が救済ルートを望むあまり、毎回人気投票で一位になっちゃうあのヒロインをさ』
『凛条との接触を防ぐ呪いを頼んだのはあの子をアイツの傍に置きたくないからだ。凛条と一緒にいると夜奈美は負けヒロインになるし、他のヒロインへの劣等感で精神がすり減っちまう』
『だからオレが夜奈美を助けるんだ! 原作主人公と一緒じゃ報われない夜奈美をオレが幸せにしてやる! これはオレにしかできないことだ! オレならアイツを確実に幸せにしてやれる!』
『──じゃ、そういうわけだから! 転生を頼むぜ神様!!』
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