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雨の音だ。

ザアザアと、かなりの勢いで降っている。


どしゃ降り。マジかよ、学校行くまでには止むかな。

ただでさえ憂鬱な通学が、さらに重くなる。


ショウタはいつもの右を下に、丸く眠る。

眠る時はこの格好が、一番落ち着く。

幼虫のように丸くなり、布団を被って自分だけの世界になる。

布団の中には、雨も学校、も入ってこない。


夢を見た気がする。

それにしても、妙にリアルだったな、と思い返す。


多分、三途の川だったんだろう。

小ぶりの木製の舟、白い着物の少女。

そして、落ちた自分。

夢とはいえ、マヌケな話だ。


三途の川。

渡ろうとしたけど引き留められて一命を取り留めた、などは定番の話だ。

あのまま渡れば天国行きだったのか、それとも地獄だったのか。

――俺は天国行きだろう、多分。

これといった犯罪もしていない。

小さい罪はたしかにあるかもしれない。

幼い頃に嘘をつけば、閻魔様に舌を抜かれるよ、とよく祖母に叱られたものだ。

しかし自分の罪など、世の中に溢れる犯罪に比べれば許容範囲だろう。

まぁ、その判定は受ける事はなかった訳だが。


三途の川、途中で落ちても生き返るのかな。

現に自分は死ぬことはなく、こうして眠っている。

まぁ、そもそも死んだはずがないのだ。


布団の感触を確かめようと、左手で触れる。

しっとりと、湿っていて柔らかい。

――ん?

おかしい。


雨の音が、勢いを増した気がする。

ショウタはふいに冷たさを感じた。

瞼や額、肌の露出してる部分にピシャピシャとした水の感覚。

――うぜぇ。

それから、水の匂いと、プン、とした土の匂いを感じた。

布団はない。


そして、鳥の声。


「ピィーーー」


流石に一気に身体を起こす。


「どこだここーー!?」


思わず叫ぶ。


滝だ。

ザァザァ、と激しく音を轟かせる瀑布。

広がるのは緑と、露出した岩肌、落下する水の流れ。

滝口はかなり上部にある。落ちた水は勢いよく岩肌に当たり、白い水飛沫を上げながら目前の滝壺に流れ込む。

上がった水飛沫のせいか、辺りは白く霞んでいる。

滝壺は白い泡をゴボゴボと上げながら、キラキラときらめいて見えた。


雨だと思ったのは、この滝の水の流れの音だったらしい。

ショウタは滝壺にせり出した、苔むした岩の上にいた。

さっき触れたのは、滝からの水をたっぷり含んだ苔だったようだ。

水分を含んだ苔と岩は、滑りそうで足場としては少し不安定だ。


一歩間違えれば、またドボン。

流石にそれは避けたい。

恐る恐る、岩から降りる。


改めて、辺りを見回す。


滝と、露出した岩肌。

あとは木、木、木、木、滝壺をぐるりと囲む大小それぞれの岩。

自分の立つ地面の土。あと草。


滝壺の透き通った水が、波紋を描きながら小川に流れ込む。

小川はずっと向こうまで続いているようだった。

木も様々な種類や、苔生したもの、太いものあればヒョロヒョロと頼りなさそうな若木もあった。

根の間からのぞく草も、ぼうぼうと好き勝手に生えている。

人の手の入っていない自然の森。


夜は明けていた。

木々の間から、柔らかな日の光がさしこむ。


何これ…。

もうずっと、状況の理解ができない。


あの川から落ちたのは夢じゃなかったのか?

だとしたら天国?

歓迎とか案内とかありそうだとは思うけど、見当たらないのはイレギュラーな訪問だからか?

服装もあのときと同じパーカーにジーンズ、スニーカー。

滝の水飛沫で多少は湿った感じはするが、ずぶ濡れではない。


また、ピィーと鳥の鳴き声がした。

ガサ、と木の葉の揺れる音、と同時に飛び立つ鳥を視界に捉える。

スズメ位の大きさの、スズメじゃないやつ。

白地に黒の斑模様の羽に、長い真っ赤な尾をはためかせて、飛んでいく。



現実味のない光景だが、夢にしては感覚がリアルすぎるんだよな。

あの舟の上でも感じたが。


湿って顔に張り付いていた髪をかきあげる。

ふと、もう一つの可能性を思いつく。


――異世界。


アニメなんかでよくみるアレ。

心臓が、さっきまでの緊張感と違う音ではねた。


そうだとすれば合点がいくのでは?

説明のつかない移動、謎の少女。


しかし、とすれば。

お約束では、チート的な特殊能力に目覚めているはずだ。

手の平を突き出す。

とりあえず思い付いた呪文を唱えてみた。


「ファイアボール!」


しーん。沈黙。


いや、滝の音が響いているが、その音も虚しく感じる。

何も起きなかった。

一人とはいえ、恥ずかしい。

ショウタは取り繕うように手の平をジーンズで擦った。


なんだろう。

陰鬱な日々を抜け出して、楽しい異世界ライフ。

期待してたやつと違う。何もかもが唐突すぎる。

もっと説明とか、ギフト的な特殊能力とかあってもいいだろう。


あの少女。異世界への案内人だったのかもしれない。

話をする前に別れたのが駄目なのか。

いや無理だっただろう、状況的に。ちょっと怖すぎだったし。


何となく、気分が落ち込む。


と、ふいに足元の土がゾゾ、とうごめいた気がした。

「…うわ、何だ?」


生き物かと飛び退く。

何もいない…と思ったが、今まで立っていた地面が動いたのを、今度は確かに見た。

正確には、その表面にいた「何か」が動いた。

小さな「何か」が、群れになって波のようにうごめいている。


「虫…?」


ちょっと気持ち悪い。

しかし虫というより、砂粒が群れを成しているように見える。

青みがかった褐色の砂粒たち。

ゾゾゾ、と大きく波打ったかと思うと、今度は2、3個のこぶし大くらいの塊をつくる。

塊は、ぐるり、と回ったかと思うと、形を変えながらぴょこ、とそれぞれ2本ずつ触覚のようなものを生やした。


「何これ、ナメクジ…?」


いやメチャクチャ気持ち悪い。

拳大の、ナメクジのような生物が数匹。

忙しなく触覚を動かしながら、褐色がかった色から青みが増し、エメラルドグリーンのような色に変化していく。


「いやスライムなのかな…っていうか、ウミウシっぽいななんか」

襲ってくる気配は、ないようだ。

触ってみようか…毒とかはないだろうか。


「おにーさん、ミサキ憑きの人です?」

「わ、ァァーッ」


突然の声に、ショウタは驚く。

向けば、木々の間から声の主がぴょこ、と顔を出した。

人だ。


「アハハ、びっくりしすぎですー」


ニコニコと笑いながらこちらに近づいてくる。

背の高さは頭2つくらい下だろうか。10歳前後の女の子だ。

笑われてしまった。確かに、自分よりずっと年下の女の子に驚いて、ショウタは少し恥ずかしくなる。


「んんー、変な格好だし地味…?」

「いやイキナリ失礼だろそれ」


危険はなさそうだ。

変な格好、といえば少女の方がよっぽど変だ。


簡素な上衣に、スカート。

だが作りやデザインは、見た事がないものだ。

腰に小刀と竹筒のような物を下げている。


ショウタは密かに心の中でガッツポーズをとる。ヨシ。

やっぱ異世界だろコレ。ショウタの落ち込んだ気分が、少し上がる。

特殊能力も、これから目覚めるのかもしれない。


まずは情報収集だ。

幸い、言葉は通じるらしい。


「ええと…俺、日下晶太っていうんだけど」


名乗ってみる。

危険はなさそうだが、警戒されても困る。


「クサカ…?」

「晶太、ね。晶太、俺の名前。君は?」

「ショウタ、さん、ですね。はい、竹矢は竹矢ですー」


たけや、というらしい。

あまり警戒はされてないようだ。


竹矢は、高い位置で結った髪を揺らして首を傾げながら、大きな目を楽しそうにキラキラと輝かせる。

いろいろ聞いても大丈夫そうだな、とショウタは感じた。


「さっきのミサキツキ?って何?」

ミサキツキ。さっき竹矢が言っていたはずだ。

この世界の勇者的なニュアンスなら、YESと答えていいのかもしれない。


「あとこれ…ウミウシっぽいの、こういう形のスライム?モンスターなのか?」

ショウタは足元を指す。

「スラ…?もんすたー?何です?」


あまり聞き慣れない言葉らしい。

テンプレ西洋ファンタジーとは違うのか。

竹矢の服装もまぁ、それっぽくはない。


「この子たちはですねー、竹矢のイズナたちですよ」

「イズナ…?」

今度はショウタが聞き慣れない言葉で返される。


「はい、竹矢はミサキ使いですから。イズナは竹矢のミサキですー」

「はぁ…」

よくわからない。


竹矢は腰に下げていた竹筒をとり、ぽん、と蓋を開ける。

すると、うごうごとうごめいていたウミウシたちは、最初見た砂粒の群れに戻り、竹筒の中に吸い込まれていった。


おおー。よくわからないけど、なんかすごい。


「ミサキ憑きは使い主がいないなら、場合によってはぶっ殺しますー」


竹筒の蓋を閉めながら、竹矢は物騒な言葉を吐く。


「その小刀、ぶっ殺す用かよ」

安易にYESと答えなくて良かった。

相手は子どもとはいえ、危なかったかもしれない。


「ん、ショウタおにーさん、ぶっ殺す方がよい人です?」

「いやいやいや、違う違う!」

全力で否定する。


「え、何、ミサキ?よくわかんないけど、俺は違う!」

「ミサキは死体に憑いたりしますー、ショウタおにーさん、死んだです?」

「いや、死んでない…」


死んでない…?不安になる。

あれ、あそこ、三途の川だったか、とショウタは思い返す。


実は死んでいたのなら。

知らぬ間に、「ミサキ憑き」というのになっていたとしたら。


――ぶっ殺されちゃう対象なのか?

せっかくの異世界なのに!


「んん?何か、あやしいですねー」

「い、いや違う、はず…」


何となく、自信がなくなる。

じりじり。さっきのキラキラおめめから一転、訝しそうに竹矢は詰め寄る。


「あ、竹矢いたー!もー、早いのよ。少し待ちなさいよ!」

と、そこにもう一人、姿を表す。

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川の向こうには行かない とゐ @mememe101

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