第5話


「どわぁっ!? な、なな何すんだ、この若造は!?」


 どっと織兵衛は尻餅しりもちをつく。椅子には触れず、床の上を転がるだけだ。間に合った、と胸をで下ろす。

 雑に扱われ、織兵衛はいきり立っている。衰えた体は怪我けがの一つでも命取り。怒るのも無理はない。


「すみません。でも、それに座るのだけはいけないんです」

「どこにす、すす座ろうと、若造には関係ないだろ!?」

「関係ありますって! というかこの椅子、どう見ても怪しいじゃないですか!」


 廃材を組み合わせた奇妙な椅子は芸術的オブジェにも見える。しかし、六脚だけなのがいかにも怪しい。下手に座れば何らかの仕掛けが作動し、目を背けたくなる展開になるのではないか。その危惧きぐから全力で止めたのだ。


「私も同意見ね」


 恵流が賛同し、弁明に加わってくれる。これまた腕を組んだままで、年上を相手にする態度ではないのだが。


「デスゲームの常識からして、椅子に仕掛けがあると警戒するのが当たり前。初歩中の初歩よ。迂闊うかつな行動はしないことね」

「そんなこと、し、知るかってんだ」


 織兵衛は聞く耳持たず。若者の意見に従いたくないのかもしれない。

 恵流は構わず続ける。


「そう、なら頭の固いご老人でもわかるよう言ってあげるわ。もし座れば高圧電流で即死、あるいはとげが飛び出して肉をえぐられる。他にも阿鼻叫喚あびきょうかんの可能性があるってことよ」


 理解を拒む態度を皮肉りつつ、具体的な予測を淡々と。


「そ、そんなのハッタリだ。ガキのくせに、な、舐めるなよ」


 口では信じないの一点張りだが、織兵衛の顔から血の気がみるみる引いていく。ほろ酔いの赤ら顔は二日酔いの真っ青に。安易な行動が死に直結する、その想像をしたせいだろう。


「オイ。この椅子がやべーってのはもういいんだよ。この薄らハゲ以外、全員承知の上だ」


 守が手を打ち鳴らし、全員の視線を集める。

 

「グダグダやってたってしゃーねぇだろ? オレはそこらに並んでいる店舗を回らせてもらうぜ」


 椅子の部屋の外、ショッピングモールが気になるらしい。目を覚ました際ざっと見て、あとは女性グループの報告を聞いただけ。自分の目でしっかり確認しないと気が済まないのだろう。

 守は了承を待たず、足早に部屋から出ようとする。


「ま、待ってください」


 安路は腕を掴み引き留める。が、すぐに力一杯振り払われてしまう。守の蜘蛛くものフィギュアが振り子のように揺れた。

 

「あ? 文句あんのか?」


 獣のような瞳で守は威圧。喉笛に噛みつきかねない雰囲気をまとっている。

 ごくり、と固唾かたずむ。

 緊張で強張り震えながら、安路は伝える。


「ぼ、僕は賛成です。この場所も、集められた目的も、謎ばかりですから。まずは全員、気が済むまで探索するのが一番、かと」


 彼の方針に反対ではない、むしろ肯定の立場だと。


「ハッ、当然だろ」

「ただ、約束してほしいことが一つ」


 そして、伝えたい本命は、こちらなのだから。


「満足したらもう一度ここへ戻ってきて、見つけた物や判明したこと、あらゆる情報を持ち寄りましょう。そうすればきっと、脱出の仕方も見えてくるはずですし」


 “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”


 この一文は、最後の一人を決めるためのゲームを表現したかのようだ。

 しかし、必ずしもそうとは限らない。読み解き方が違うかもしれないし、ゲームと無関係な方法で脱出可能かもしれない。

 少なくとも「殺し合え」「相手を蹴落とせ」と明確な指示ではない。気持ちがバラバラでは、主催者達の思うつぼではないだろうか。

 それ故、まずは各自気持ちの整理も兼ねて、施設探索の自由時間を設けるのだ。

 悠長にも見えるが、モニターにカウントダウン表示は見当たらない。時間制限はないと考えて良いだろう。不幸中の幸いだ。心ゆくまで調査出来るし、脱出の作戦を考える余裕もある。

 そんな安路の提案に守は、


「てめぇの意見に従うってのは気にくわねーが、まぁ一理あるな。言う通り、気が済んだらここに戻ってきてやるよ」


 納得してくれたようだ。

 舌打ちしながらも承諾の意思表示。手を振りながら退出していった。


「自分の目で見た事実だけ信じる。これ、人生の教訓ですね」

「言っておくがオレは、まだ、デ、デスゲームとやらは信用、し、してないからな」


 後を追うように、春明と織兵衛も出入り口を潜り抜けていく。


「見逃している可能性もゼロではないですし、私も行かせてもらいます」

「急いで見て回ったもんね。意外なところに抜け道あったりして」


 見落としを案じて再度確認へ、玲美亜と明日香も店舗の探索に向かう。

 静まりかえった室内。

 コンクリート打ちっ放しの部屋にはぽつんと二人だけ。安路と恵流だった。

 無言の空気が居心地悪い。

 年下の女の子と二人きりというシチュエーション。生まれて初めてだ。慣れない状況に戸惑いを隠せない。

 何か話そうとして、


「漆原さんは――」

「恵流でいい」


 呼び方の訂正で遮られた。

 初対面だが下の名前で呼んでいいのか。距離感がいまいち掴めない。


「え、恵流、恵流さんは、えっと、もう一度店を見に行かなくていいの?」

「私は、安路と一緒にいる」


 更に思いがけない一言に、目を白黒させてしまう。

 うら若き乙女が成人男性と同行したい。それはどういう意味なのか。なんと返答して良いか見当がつかない。

 押し黙っていると、恵流は続ける。


「あなたは優秀そうだから。少なくとも他の人達よりは良さそう」

「そ、そんなことないって」


 不意の高評価に、咄嗟とっさに否定してしまう。


「人を見る目には自信があるから。私が生き残るためにも、あなたのそばにいるのが一番。それが私の直感なの」

「は、はぁ」


 褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。

 病弱で不出来な人生だったのだ。慣れない称賛に背中がむずがゆい。

 生産性のない自分にも、出来ることがきっとあるはずだ。

 この場におけるそれは、きっと――か弱い恵流を保護することだろう。


「わかったよ、恵流さん。君は、僕が絶対に守るから」


 自身の抱く正義に賭けて、安路は飾りっ気のない誓いを紡いだ。

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