第11話 海賊退治

 ウルグ・アイは、百隻以上の大型の海賊船を率いて、サヴォイア公領に侵攻した。勇猛な公は、怯むことなく、兵力は数百人しかいなかったが、勇敢に陣頭指揮で兵を率いて戦った。攻めあぐんだアリではあったが、主力との戦いに公が夢中になって、というか兵力不足のためもあって、隙をついて住民をアリは別働隊を率いて一村まるまる占領し、人質に取ることに成功した。余程のことがなければ、置かれた状況や領主の性格にあまりに酷い場合だけだよ、自分の領民を見棄てる領主はいないんだよ。どんなに本当は悪党でも、平民など塵芥のように扱ってやる、だなんて口には出さないもんだよ。だから、その統治が苛政の領主であっても、面と向かって見棄てるなどとは言えない。体面、名誉の問題もあるし、自分の正当性を失うことになるからね。サヴォイア公は、かなりまともな君主、領主だから、彼らの救済を選んだんだ。屈辱的な身代金要求も呑んで、そして、

「我が君の同盟者であるトスカーナ国王の親族である貴殿の奥方に表敬訪問したい。」

という屈辱も甘受した。実際にアリと体面したのは、自ら身代わりを名乗り出た公妃付きの侍女さんだけどね。ちなみに、彼女はロレンツィオ君が、これはというのを選んで送った侍女さんなんだよね。

 ア~リ、身代わりと談笑しているうちに、大変なことになっているんだよね~。本当にロレンツィオ君が選んだ侍女ちゃんだ、うまく対応したよ。

「おい、海側が騒がしいぞ?」

 そんな声が、アリの海賊船団の停泊地でそんな声があがった。本船団はもっと西方の、大きな入り江に停泊中、これはアリちゃんがサヴォイア公訪問のために引き連れた一部分。流石にアリちゃんは、用心を怠らず、周囲の警戒を怠ることはなかった。でも、当然陸側から来ると思って、一部を、上陸させて陸側に陣地をつくらせていたんだ。それが、海の方から…。

 彼らの船から、砲撃が陸上に、他の仲間の船にされ始めた。それがはじめは一隻だったのが、すぐに二隻、三隻となり、さらにいつの間にか、陸上で陣を構えている中に、1隊が突きすすんできた。あっという間に、海陸総崩れになってしまったんだ。

「クソ!まずは、奪われた船を沈めるぞ!」

と指示を出した船長の声が、それで途絶えたのさ。

「この船は、トスカーナ王国軍が捕獲した!」

との叫びが聞こえてきた。押っ取り刀で立ち向かおとした連中は、瞬く間に気がつくと、自分の体から血が噴き出すのを見た。ここかと思うと、あちらに駆けている小柄な騎士に彼らは翻弄され、船から海に飛び込んで逃げるしかなかった。しかも、ようやく引き上げてくれた仲間の船には、何故か、その騎士が駆け回っていて、その船の仲間達が右往左往させられているのをみるしかなかったんだ。

「な、何?ひ、卑怯な!」

と傷だらけでたどり着いた伝令の知らせに激怒したけど、流石だね、大海賊、すぐに頭を切り替えて、

「まずは堂々と抗議して、整然として引き上げるぞ、直ぐに。行き先は、本隊の停泊地だ。結集して突きすすむ。それから、人質達の監視兵士を増強しろ。そしてだな、数人は殺せ、そして、残りも何時殺すか分からないぞと脅かすんだ。大々的な攻撃をかけるから、本隊に準備させろ!」

 彼の頭の中では、広範囲での略奪、攻撃などで、至る所で火の海が、死体の山ができる情景を頭の中で浮かんでいたんだよ。

 でもね、本隊が真っ先に攻撃されていたんだ。大きな損害を受けた訳ではないが、大混乱となり、逃走してしまったんだ。数隻が燃えて、捕獲されて、砲弾が飛んで来たら、とりあえず陸から離れないと…当然の判断だ。同時に四千の歩騎部隊が進撃してくる報が入ったんだ。サヴォイ公の前を、整然と退席したアリ達だったけど、もう、ひたすら先を急ぐだけの一行になっていたんだ。頼みの人質も、監視の兵士達は後方の混乱で恐怖に駆られ逃げ出してしまって、役にたたなくなっていたんだ。

「くっそー!」

 彼は、まずは、まとまった兵力で来ると踏んでいたのが、狂ってしまったんだ。人質を有効に使えたろうね、そうだったら。さらに、もしもの備えを、あんなにも、簡単に破られたのが第二の誤算だったね。

「何やっているの!アリを助けにいくわよ!私一人でもいくわ!」

とオルシーナちゃん、海賊令嬢の登場だね。ちりぢりに逃げ帰ってきてしまったアリの部下達から事情を知った彼女は、彼らを叱咤して、まとめたりしただけでなく、急いで自慢の菓子を作って、半ば彼の盟友、ライバル達のところにまわり、援軍を要請しまくったんだ。甲斐甲斐しいね。それに、少しだけ心を打たれた面々は、少しばかりの援軍を送ったんだ。それと何とかまとめたりして、またアリの敗残船団を率いて、時間こそが最大の戦力とばかりに彼女が陣頭指揮で飛び出すと、彼らはいてもたってもいられなくなって、自ら手兵を連れて、急いで彼女を追いかけ始めたんだよ。女神の加護だね。困った女神なんだけど、彼女も強制力が働いている結果だから、文句言えないんだよ。

 でも、トスカーナ王国、ロレンツィオ君は負けないよ。

 這う這うの体で、何とか海岸までたどり着いたものの、放浪するようにしていたアリは、大船団を目にし、その先頭の船の船首部分に武装姿でたっているのが誰か判った時、感激して涙を流していたね。ああ、感動的な抱擁…その夜は、互いに臭うからとか言って~、燃え上がって~。ああ、どうロレンツィオ君に説明するかな?有りのまま見せちゃうけど、面白いから。他の海賊達も、この卑怯な?暴挙?は許さんというわけで、大々的な侵攻で合意したけど、後続も合流したチューザレ・ボルジア将軍率いる約1万人のトスカーナ王国軍に、周辺から次々に兵が加わってきているんだよ。

 しかも、農民達も武装して、義勇兵として加わってきたんだよ。いつもなら、海賊だ、と上から下まで、まず逃げ腰になる、逃げるだったのが、だよ。

「イスタブル帝国の、か、カリフ様、スレイマン大帝に訴えましょう!」

 海賊令嬢、さすがによく見てる、考えが柔軟だね。同盟国に威嚇されたら、トスカーナ王国、ロレンツィオ王太子は腰砕けになるかもしれないからね。なんせ、スレイマン大帝の海軍の幹部だからね、アリ君は。海賊を自分の海軍の中核にしているからね。どちらかと言うと、イスタブル帝国海軍は海賊からなっているんだよね。その重臣を襲ったんだから、ロレンツィオ君はカリフさんに、同盟に背信行為をしたことになるからね。スレイマン大帝が、怒らないはずは、ないものね、あくまでも君の考えではね。でもね~、ロレンツィオ君は上を行っているよ、皆に、ほ~、と感心されて、意気盛んでいられるのは今のうちだよ。

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