第105話  フランスへ その十六

夜通しキアーラとイザベラは、明日の手はずを話し合った。

「やっぱり、貴女の仮のお名前は考えておかなくちゃ。その方が、何かと好都合よ。」

イザベラは首を振った。

「それでは、お姉様に嘘を言っていただかねばなりません。

もうこんなにお世話になりました上で、今さらとお思いになりますかも知れませんが、やっぱりそれだけはおやめ下さい。お姉様はこれからもずっとフランスの宮廷でお暮しになるのですから。」

「私は構わないのですけれど・・・じゃあ、いざという時だけ、マリー・ド・モンパンシエということに致しましょう。」


2時間だけ仮眠を取ると、明け方から支度にかかった。

「これ、私の若い頃のなんですけれど、お召しになって。」

キアーラは、見事な縫い取りをした服を出してきた。


廊下の奥からイザベラが現れると、皆は息を飲んだ。

フランス風の若々しい衣装に身を包んだイザベラは、花が咲いた様な、水際立った美しさであった。モンパンシエ家の家臣や侍女たちも、思わずため息を漏らした。

イザベラは、キアーラと馬車に乗った。マントヴァからの侍女二人は、その向かいの座席に座った。 そして馬車の後には、マントヴァからの従者を含む沢山の随臣たちが騎馬で従った。

一行は、ものものしく王宮に向かった。 イザベラは、身を固くして一点を凝視し続けた。

間もなく馬車は城門の前に着いた。随臣の一人が何か言うと、番兵たちは敬礼し、丁重に通した。

馬車は王宮の正面玄関に停まった。

馬車から降り立ったイザベラは、初めてあたりを見渡した。

ブロワ城は、ロアール川右岸の高台にそそり立っていた。中庭には、ルイ十二世の父シャルル・ドルレアンの時代の回廊がある。その横には、赤煉瓦と石組みの対照が美しいゴシック様式の翼棟の建築が進んでいた。

そして、川の対岸には、大きな森が広がっていた。 ソローニュの森である。

イザベラは、意を決して王城に入った。

お城の廊下ですれ違う人々は皆、イザベラを振り返って見て行った。イザベラは蒼白になりうつむいた。

「大丈夫。 貴女が美しいからよ。」

キアーラが耳打ちした。

国王への取次ぎを頼むと侍従が現れ、丁重に立派な部屋へ通された。

「ここで暫くお待ち下さいませ。」

そう言って侍従は出て行った。

しかし、いつまで待っても誰も姿を見せなかった。

「おかしいわ。こんな事一度も無かったわ。」

                つづく

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