第11話 聖ジョルジョ祭 その七
「ああ、もう間に合わない。」
イザベラは泣きそうになりながら、人の隙間を無理矢理進んだ。
「あとちょっとよ。急ぎましょ。」
叔母も必死だった。
「駄目だわ、もう。」
イザベラは目の前が暗くなりかけた。
「あっ。」
不意に叔母が叫んだ。
「間に合ったみたいよ。」
遠目にも、野外劇場の舞台の上で戦の場面が繰り広げられているのが見えた。
イザベラも叔母も駈けだした。
野外劇場の入り口まで駈けつけた時、突然、中から若者が飛び出して来た。
「フランチェスコ様だわ。」
イザベラは心臓が止まりそうになった。
しかし、次の瞬間、イザベラは分からなくなった。
「フランチェスコ様なのかしら。」
目を凝らして見ると、その若者はフランチェスコの様にも見えるし、違う様にも見えた。イザベラは必死で若者を見つめた。見つめられて、若者は入口の看板の所で拳を握りしめて仁王立ちになった。
叔母に呼ばれてイザベラは我に返り、中へ入った。
そして、出入口に近い一番後列の席に座った。
その時、イザベラははっとした。
何処にいたのか、従兄たち、ジョヴァンニとステファノとエンリーコが急に現れ、その若者の周りに寄って来て若者を取り囲んだのだ。
「やっぱりフランチェスコ様なのかしら。」
イザベラは、あんなに言って叔母に来てもらったのだから、叔母の前だけでも劇を見なくては申し訳ない、と思いながらも、どうしてもすぐにそちらを見てしまった。 若者は相変わらず同じ姿勢で仁王立ちになっていた。
と、若者は急に駈け込んで来て、イザベラのそばの席の人に話しかけた。なんとそこにはルチオが座っていたのだ。若者はルチオに話しかけながら、顔はこちらに向けていた。 イザベラは、真っ先に眉を見た。あのつり上がった太い眉とは違い、随分ぼわっと広がった雲の様な眉だった。イザベラは、はっとして若者の胸を見た。しかし、そこには紋章は無かった。イザベラは目を見た。若者は目を振り子の様に揺らせ、決して一点を見ることが無かった。
「違うのかしら。」
その時、エンリーコが走り去るのが見えた。そして、そのままエンリーコは戻って来なかった。
若者はまた駈け出して行った。やがて若者は独り戻って来ると、今度は最後列のイザベラの席にほど近い所で仁王立ちになった。
「あっ、あの手は。」
握りしめた若者の手の角度が、図書館で見たフランチェスコの手つきと寸分違わない様に見えた。
「やっぱりフランチェスコ様なのかしら。」
若者は横顔を見せていたが、イザベラと目が合うと慌てて違う方を見た。
上の空のうちに劇は終わった。
叔母にお礼を言いながら外に出ると、イザベラはもう一度振り返って若者を見た。
その途端、若者は雪割草の様な蒼白の顔になってうつむいた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます