第3話  春 その三

今から9年前の1480年、隣のマントヴァ侯国の領主の長男フランチェスコ・ゴンザーガと、エステ家の長女イザベラの間に婚約が取り結ばれた。 その時、フランチェスコ14歳、イザベラ6歳であった。

それから4年後、父の死去によってフランチェスコは18歳でマントヴァ侯爵となった。


「お母様、私、とても信じられません。

フランチェスコ様とはまだ小さかった頃にお会いしただけですけれど、今日の御方がフランチェスコ様だなんて」

「どうして、そんなことがわかるの?

貴女はフランチェスコ様のお顔を覚えていないのでしょ?」

「だって、今日の御方は私に声もかけて下さらなかったわ。

フランチェスコ様なら・・・それとも、私が誰だかおわかりにならなかったのかしら。」

「ねえ、イザベラ、私はフランチェスコ様だと思うの。

そして、貴女のことはちゃんと分かっていらしたみたいよ。

これは私の勘なのだけれど、もしもフランチェスコ様なら、きっと近いうちにまたいらっしゃるでしょう。

あの図書館の同じお部屋に。」

イザベラは驚いて母の顔を見た。 母は遠くを見る様な目をしていた。


一夜明けると、もうそのことは気にならなかった。

今のイザベラには、もっと魂を奪われることが他にあった。

イザベラは、また毎日の様に「ラテンの部屋」へ行ってヴィルギリウスを夢中で読んだ。 イザベラには、ヴィルギリウスの息づかいが感じられる様になり、千五百年も昔の詩人の声が聞こえる様な気がした。

図書館の大理石の階段を駈け上がるイザベラの足取りは、日に日に速く軽やかになっていった。

早く読みたいという思いに胸を弾ませ、15歳のイザベラは広い階段を一気に駈け上がっていった。  そして、大きな扉を力いっぱい開け、「ラテンの部屋」に飛び込むと、いつもの栗の木の書棚からヴィルギリウスを取り出した。

その時、イザベラは、はっとした

「あっ、あの方だわ。」

             つづく

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