第15話 大天使は「敗北」を知る

『最愛の君に金色の音を。』

 俺が普段読んでいる漫画雑誌で連載されているラブコメ作品のタイトルだ。


主人公の少女が偶然鉢合わせた少女の両親の命を奪った連続殺人鬼に恋心と憧れを抱き、同じように連続殺人鬼と化した少女がその行方を追い続けるというストーリー……、


三年前から連載が始まった作品なのだが、可愛らしい絵のタッチと、通常のラブコメとは異なる奇想天外なダーク設定とのギャップが、俺含めた多くの読者の心を鷲掴みにし瞬く間に大人気を獲得した。


今年の冬からは待望のアニメ化まで控えており、今後益々期待が膨らんでいる作品である。


 そして今日はその最新刊(十五巻)の発売日。

それもアクリルスタンド付きの限定バージョンも売られている為、確実に手に入れるべく開店してすぐに本屋へ駆け込み、今はその帰りであった。


「ごめんねウリエル、買い物付き合わせっちゃって」


「いえいえ。目的だった「とくてん付きのまんが」?買えましたか?」


「カエタッッッ‼‼‼」

「過去一いい笑顔!ごちそうさまです」


 人生初彼女ウリエルは優しくこちらに微笑んでくる。


人気作の限定品なのでもしかすると売り切れてるのでは、と向かっている時は不安であったが普通に購入できた。嬉しい。


「黒羽さん黒羽さん、あのピカピカしてる場所は何ですか?遊園地?」

「ん?ぴかぴか?」


 立ち止まったウリエルは俺の服の袖を軽く引っ張りながら問いかけてくる。


その「ピカピカしてる場所」とは……、


「あぁ、「ゲームセンター」ね」


「げぇえむせんたぁあ?遊園地ですか?」


「遊園地ではないね。気になるなら行ってみ…て、あれ?ウリエルどこに……」


「黒羽さーーんッこの大きい機械どうやったら遊べるんですかーッ⁉」

「いつの間に中入ったんだよッッ‼」


俺は店中を見渡しながらはしゃいでいるウリエルのもとへと駆け出した。


……今度遊園地も連れて行ってあげよう。


         ☆☆☆


 ゲームセンターに訪れた俺たちは「ある機械」を前に足を止めていた。


「これは「クレーンゲーム」だね」


「くれーんげーむ、ですか?箱の中にお人形がいっぱい入ってますが……どうやったら獲れるんでしょう?」


「矢印が書いてるボタンがあるでしょ?これを押して上に付いてるアームを調整しながら商品を獲っていくって遊び」


「なるほど!それでは早速……」

「あぁ待って、1プレイ百円だから」


 意気揚々とボタンを押そうとするウリエルの手を遮り、俺は投入口に百円玉を一枚投入した。


ウリエルは何故か感心したようにその様子を見つめてくる。


「はい、これで出来るよ!」

「おぉ‼すんごい阿漕な商売ですねっ!」

「声デカいってのッッ‼‼‼」


 出禁になりかねない発言をぶちかましたウリエルは早速手元にあるボタンとレバーでアームを動かし始めた。


クレーンゲーム機のクリアケースの内部には大量のぬいぐるみが敷き詰められていた。


正直言うとそこまで欲しいかと聞かれればそんなことは決してないのだが、こういった雰囲気の場所を訪れると自然と欲しくなってしまう……、


「あッ!黒羽さん、獲れそう、獲れそうです!見て、見てッ‼」

「見てる見てる、相変わらず凄いねウリエル」

「うへへ♡」


興奮気味に肩をバシバシ叩いてくるウリエル。

アームが犬のぬいぐるみをしっかり掴み、浮き上がらせている。


このままアームが落下口まで人形を運んでくれれば景品をゲットでき……‼



 ……ぽろっ……

「「あ」」



 ビギナーズラックなど知ったことかと言わんばかりに、アームは落下口直前で掴んでいたぬいぐるみを落としてしまった。


「……もう帰りましょう、ゲームセンターあんまり面白くないです。嫌い……」


「もう一回やる?」

「やります」

「やるんかい」


 あまりにも悔しそうな顔をしているウリエルを見てしまうとどうしてもチャンスを与えたくなってしまった。


どうせなら気が済むまでやらせてあげよう。


失敗したとはいえ落下口付近まで近づいてはいる。恐らく次で獲れるだろう。


「はい、お金入れたよ」

「面目ねぇです……、次こそ獲って黒羽さんに献上します!」

「なんか複雑だけどありがとね俺の為に」


 元気を取り戻したウリエルは再び機械と向かい合い、手元のボタンとレバーをいじり始めた。


しかし初回とは違い狙いのぬいぐるみの位置がだいぶ近い為、手数はかなり少なくなっていた。


「さぁ掴みましたよ黒羽さんッ‼ここからが勝負です!」

「これは流石に大丈夫じゃない?もう落下口ゴール目の前だし」

「まぁ確かにそうですけどね。お名前は何にしま……」



 ……ぽろっ……

「「え」」



 ウリエルの操っていたアームはまたもや落下口手前で商品を落としてしまった。


 絶対獲れると確信した時でも強制的に失敗させられる。これもクレーンゲームあるあるだ。


しかしそんな下界の常識(?)など知りもしないウリエルは……、


「……………………ぐすっ」

「泣かないで泣かないでッッッ‼‼」


 驚きを通り越して半泣きになっていた。


「も、もう一回やってみよう?次は絶対獲れるって‼」


「……ぐすっ……ぞれっ……「こんどるこうか」っでやつでずよッッッ‼‼」

「「コンコルド効果」ね!ちょ、ちょっと誤解されそうだから一回泣きやんで……」


 周囲の目線を恐れながら必死に涙目ウリエルの背中をさすっていると……、



「……何してるの二人とも」



「え、蔭島…?」

「……ぐすっ…がげじまざぁぁん…おひざじぶりですぅぅ…」


 小学生くらいの身長でゴスロリ服をその身に纏った一人の少女、蔭島暗理かげしまあんりが防犯ブザーを片手に現れた。……ん?


「あの……なんで防犯ブザー持ってるの?」


「……暇だからきたんだけど……黒羽がウリエルいじめてると思って……ブタ箱行きにしてやろうかと」

「見た目と思考が反比例してるッッ‼ちょっと話聞いてく……」


「蔭島さん、その小さなおもちゃどうやって使うんですか?」


「……ん、鳴らしてみる?」

「いいんですか⁉」

「ダメだよ、ホントに出禁になるわッ‼‼」


 未知なる下界の道具に目を輝かせたウリエルとガチで鳴らそうとしている蔭島を必死に抑えながら俺は状況を説明した――…。


        ☆☆☆


「――っていうことなのよ」

「……そういうことなら早く言ってくれればよかったのに」

「お前の判断が早すぎんだよ」


「ごめんなさい蔭島さん誤解させてしまって……ッ!」

「……いいよ、ちょっと待って」


 蔭島はそう言うと今まで俺たちが遊んでいたクレーンゲーム機をジッと見つめ、ウリエルに向け口を開く。


「……ウリエル…この犬のぬいぐるみ欲しいの?」


「あ、はい……よくわかんないけどめっちゃ欲しいです」


「……ん、任せて…黒羽…お金」

「あぁ俺が出す感じ?……はい」


 俺から百円をノールックで受け取ると、蔭島は瞬時にボタンとレバーを操り俺たちが狙っていたぬいぐるみをあっという間に獲得してしまった。


「……はい、獲れたよウリエル」


「~~ッッ‼蔭島さんすごいですッ‼達人です、大切にします、ありがとうございます!」

「相変わらずゲーム上手いな蔭島、」


「……むふ♡」


 俺とウリエルから感謝と尊敬の念が込められた言葉をぶつけられ、蔭島は満足そうに微笑んだ。


 学年トップクラスの成績保持者が放つ更なる「才能」に、改めて圧巻させられてしまった――…。



「この子のお名前どうしましょう……」

「……スーパーゴールデンつよつよドラゴンは?」


「でもセンス終わってんだよな」

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