第14話 大天使は「お宝」を探す

 夕刻、俺と人生初彼女ウリエルは夕飯の買い出しを目的として商店街へと向かっていた。


「黒羽さん、このお洋服似合ってますか?」

「うん、よく似合ってるよ」

「うへへ♡」


 隣を歩いているウリエルは先日、小日向と俺で買い与えた洋服をその身に纏い、ミニスカートのフリルをなびかせながら上機嫌に歩いていた。


少しずつ夏が近づいてきていることを感じさせつつ、どこか清潔感が伝わってくるそのコーデは、「本物の天使」であるウリエルの可憐な姿に見事マッチしていた。かわいい。


 そして当の本人もその服を相当気に入っているらしく……先ほどの質問をされるのもこれで二百四十三回目となっていた。


「ところで今日の夕飯どうしよっか?」


「そうですねぇ…昨日のシチューがまだ残っているのでパスタを加えるのはどうでしょうか…って、あれ?黒羽さん、あの方って確か……「黒羽さんのお友達」では?」


「お肉無しのロコモコ丼?」

「いや耳どうなってるんですか、あの人ですあの人!」


 立ち止まったウリエルが指さす方を凝視してみると……何やら体格のいい男と、それとは不釣り合いな体格を持った小さな女の子が、道の真ん中でしゃがんでいるように見えた。


「ん~~…?…なっ⁉何やって……ッ⁉」

「え、ちょ、ちょっと黒羽さん⁉どうして急に走るんですか⁉」


 自分の視力にあまり自信があるわけではない。

けれどもその時の俺には……薄っすら視界に入っているその大男がはすぐに理解することができた。


しかし駆け出した原因はそこではない。


そいつと向かい合っている女の子がのだ。


……考えられる理由は一つ……


「うわぁぁぁぁんんん……っ‼」

「だから泣いてちゃわかんねぇってば……」


「おいごら桜馬ァァァァァッッ‼‼」

「あ?…ぐはッッ⁉⁉⁉」


 俺は怒りに身を任せ、親友の桜馬蒼司さくらばそうじに人生初の跳び蹴りをカマした。


「イッてぇぇ……誰だよ……って黒羽⁉おまッ、いきなり何すんだよ砲弾ぶち込まれたかと思ったじゃねぇか‼」


「うぇぇぇぇん……っ‼」


「こっちのセリフだ‼お前ッこんな小さな子にカツアゲって何考えてんだよ⁉見損なったぞ‼」

「いやしてねぇよッするわけねぇだろ‼そんで仮に疑ってたとしてもいきなり後ろから跳び蹴りカマす奴があるかッッ‼」


「こっちもまさかあんな奇麗にキマるとは思ってなかったんだよ、そんでもうこっちには為す術がないので許してくださいお願いしますッ‼」

「落ち着けアホ黒羽」


「ちょっと黒羽さ~ん…急に置いていかないでくださいよぉ~…って、あっやっぱり不良さん(※桜馬)でしたか!お久しぶりですっ‼」


 俺と桜馬の会話に割って入るように、ウリエルが駆け足で追いついてきた。


「おぉ…天使さんか。俺は不良じゃないからな?…あと、お前らにちょっと頼みがあるんだけどさ…」


「?この金は夕飯代だから貸せないぞ?」

「パスタとコロッケを買うんですっ」

「違う違う俺別にそこまで金に困ってねぇよ、その…この子なんだが…」


 桜馬は心底困った表情を見せながら先ほど泣いていた女の子に目を向けていた。

そうだ、元々この子がいじめられていると勘違いして始まったんだった。


「うぅ……ままぁ……、」


 女の子は泣き止んではいるものの、こっちまで苦しくなってくるほど不安に満ち溢れた目をこちらに向けていた。


「あぁそういえば……どうしたのその子…」


「不良さんの娘さんですか?」

「え、お前…小日向アイツとそこまでいってたの…?おめでとう…」

「んなわけねぇだろ高校生だぞッッ‼ラーメン食いに行こうと思って歩いてたんだが…どうやら迷子みたいでよ?ここに一人ぼっちで立ってたもんだからつい声掛けちまって……一緒に親探すの手伝ってくれねぇか?」


「えぇッ⁉大変じゃないですか⁉」


「(カツアゲじゃなかったんだな)……じゃあ一緒に交番行くのが一番早いんじゃない?」


「いや、交番それも勿論考えたんだけど…その、どうしても…直接見つけてやりたくてさ…」


 そう呟くと桜馬はその瞳と大きな手のひらを、ゆっくりと女の子の頭上へ下ろし、優しく見つめ撫でまわした。


その姿はどこか悲哀を漂わせるような…まるで、過去の自分と対面しているかの様に親友おれの眼には映った。


桜馬こいつを知っている俺には――…


「……じゃあ周辺を軽く探索して、それでも親御さんが見つからなかったら諦めて交番に行こう。もう夕方だし、それでいいよな?」


「黒羽……ッありがとよ‼」


「あっウリエル…勝手に進めちゃったけど…そんな感じでどうでしょうか?」


「はい、お二人がそれでいいのでしたら!お宝探し、頑張りましょう‼」

「ありがとう。最初から説明し直すね」


 そんな感じで俺たちの「夕飯の買い物」は「迷子の親探し」へと変わったのであった―…。


「「「あ、お名前教えてくれる?」」」

「…………カエ」


        ☆☆☆


「カエちゃん、好きな食べ物はなんですか?私はクレープですっ!」

「カエはねーー、ママのごはん!」


「お、いいですね~!じゃあ…好きな言葉はなんですか?私は「全品20%OFF」です!」

「えっとねー、いんがおうほう」

「かっちょいいですね~!」


 ウリエルは、自身のことを「カエ」と名乗る迷子の少女の手を引きながら楽しそうに歩いていた。


カエちゃんも、ウリエルとコミュニケーションを取り始めてから段々とその笑顔を振りまくようになってくれていた。(何故か俺と桜馬には全く懐いてくれない)


「なんとか落ち着いてくれて良かったな、天使さん様様だ」


 隣を歩いている桜馬が安心したような顔をこちらに向けてきた。


「そう…だな、てかこれ今どこ向かってるの?」

「いや、わからん。カエちゃんと天使さんについてくしかないっしょ?」

「適当だなおい……」


 まぁ実際そうするしかないのは事実なのだが……、


 若干のモヤモヤを抱えつつ四人で街中を歩いていると……ウリエルと手を繋いでいたカエちゃんが「ある場所」を見つめたまま立ち止まり、その口を開いた。


「おねぇちゃん、カエね、今日ね?ママとこのこうえんで遊んだの」

「ホントですか⁉お二人ともーーッ、この公園で少し探してみましょう!」


「「あいよーー」」


 俺たちは大声で呼びかけてくるウリエルの公園場所へと駆け足で向かった。


《公園内》

「いねーなぁ母親らしい人…」


「まぁ、流石に時間経ってるしある程度予想はついてたけど……」


 俺たち四人はウリエルが発見した公園に訪れていた。


カエちゃんの話によるとお昼ごろに母親とこの公園を訪れていたらしく、もしかすれば再会させることが出来るかも知れない。


淡い希望を胸に抱きながら俺と桜馬は公園内を探索していた。


そしてウリエルたちは……、


「おねぇちゃーん!いっしょにすべろーー‼」

「はーい、今行きますねーっ‼」


 ハチャメチャに滑り台で遊んでいた。


二人の楽しそうな様子に苦笑を漏らしながら俺たちはこの後の行動について一旦話し合うことにした。


「桜馬、どうする?」

「そうだなぁ……今度は商店街あたりを軽く探してみねぇか?それでダメだったら交番だな」

「異議なし……、ウリエルーーッそろそろ行くよーー?」


「え~~ッ⁉まだ遊びたいですぅ……」


「完全に目的忘れてんな天使さん……」


           ☆☆☆


「カエちゃん、無事お母さんと会えて良かったですね!」


「……最初から交番行ったほうが早かったね」


「う……すまん……」


 結局あれから商店街に向かったのだが……探しても探しても一向にそれらしい人が見つからず、最終的に交番に迷子として連れていくことになった。


カエちゃん自身もウリエルと話しているうちにだいぶ落ち着いてきたらしく、素直に従ってくれたため、不安の残ったまま別れるかと思っていたのだが……まさかの交番で母親お宝を発見することになったのだ。


 どうやら母親自身もカエちゃんとはぐれてからずっと探し回っていたらしく、俺たちが公園に辿り着いた時点でもう交番に訪れていたそうだ。


無事再会できた二人はひどく安堵した表情を見せ……この一言を告げられた。


 ――本当にありがとうございました……‼――


「本当は「楓」って名前だったんだね」

「また遊びたいですッッ‼」


「……ほんと……悪かったなお前ら、結局遠回りして迷惑かけちまって…」


「……お前、楓ちゃんに言われたこと忘れたのか?」

「そうですよ不良さん?」


「……おう」


 霞む夕日に身を照らされながら、俺たちは帰りの道を歩んでいった――…。



   ――おにいちゃん、たすけてくれてありがとう‼――

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