第13話 大天使は「ファッション」を知る

 ~あらすじ~

「ごーるでんうぃーく」なるものが始まったそうです。以上ですっ。


《黒羽宅》

 休日の昼間、俺と人生初彼女ウリエルは自宅で茶を飲みながらテレビのニュース番組をボーっと眺めていた。


「黒羽さん、テレビに映ってるあの賑やかな場所はいったい何でしょうか?」


「「遊園地」だね。GWなんか特にカップルや親子連れが多いんだろうなぁ…」


「カップルも行くんですか⁉私たちも行きましょうよッ」


「……圧迫死しそうだけどね」

「あはは、それもそうですね…笑」


一瞬「行ってもいいかも」なんて考えが頭をよぎったが…テレビの画面に映し出されている、大量の人々がぎゅうぎゅうに詰められたその地獄絵図を前にそんな考えは儚く砕け散っていった。


 それはそうとして……一体なんて平和な時間なのだろうか?


この時間が永遠に続けばいいのに…そんな純愛映画のテンプレみたいな感情がウリエルとの他愛もない会話で密やかに芽生えていった。しかし次の瞬間……、


「ねぇなんでみんな集まれないのよぉぉぉぉぉッッッ⁉⁉⁉」


 俺たち二人の横で寝転んでいた小日向矢夏もう一人の少女がそんな和やかな雰囲気をぶち壊すかの様に雄叫びをあげた。


「うるさいっての小日向ッ‼てかなんでそんな当たり前の様に俺の家でゴロゴロしてんだよッ⁉」


「だって他の二人には予定あるって言われたんだもん」


「いや、予定って……蔭島は?」

「ご両親とゲームする約束してんだってさ」


 蔭島家仲いいな…、


「じゃあ桜馬は?」

「今日はK●MONあるんだって…」

「あいつK●MON行ってたの?」


 まさか過ぎる新情報に少しばかり動揺を隠せずにいたが「せっかくのGWなのにーッ‼」と部屋中をのたうち回っている小日向を目の前に、その衝撃は徐々に憐れみへと変化していった。


「(悲しい生き物だな…)というか何で俺には予定あるかの確認毎回してこないの?急に来られたら普通にビビるんだけど…」


「だって黒羽に大事な予定なんてあるわけないじゃん」

「うん、摘まみだすぞ?」


「うっっっわ最ッ低、女の子に対して‼…ねぇウリエルちゃぁぁん、黒羽がいじめてくりゅうぅぅ……」


「あらら……よしよし、小日向さんはいい子ですよ~。黒羽さん、お友達に意地悪しちゃダメですよ?」


 鳥肌が立ってくるほどの猫撫で声で泣きついてくる小日向を抱きしめたウリエルはその頭を優しくなでながら、俺に対して躾けるように人差し指を向けてきた。


かわいい。……じゃなくて。


「ウリエルはいったい何を見て俺が悪だと判断したの……?まぁ…じゃあ、三人でどっか行く?」


「「それがイイッ‼」」

「元気だなおい」


 俺の提案を承諾した二人はスマホを見ながら(ウリエルは覗きながら)どこに行こうかを嬉々として話し合っている。


そうやって十分程悩んだ後、小日向はウリエルのに対して疑問の目を向けていた。


「……そういえばウリエルちゃんって前も同じ白いワンピース着てなかった?」


「そうですね……というか、基本毎日これです」


「はぁッ⁉毎日それ⁉黒羽、あんた下界こっちの服買ってあげなよッ可哀想でしょ⁉」

「え⁉あ、ごめんなさいッ」


 小日向の怒気につい体が反射的に怯む。

…そういえばずっと一緒に生活していたからか、ウリエルの服装が全く変わり映えしていないことに全く気付けていなかった。


自分のその無力さに気付いた瞬間、俺はその場で膝から崩れ落ちた。


「あ、あの小日向さん違うんです、私のこの服、一度水に濡らすとどんな汚れもすぐに落ちるので着ようと思えば毎日余裕で着られるんですッ‼だから決して黒羽さんが悪いわけではなくてですね…⁉あ、あと黒羽さんもそんなこの世の終わりみたいな反応しないでくださいッ大袈裟過ぎますよッッ‼‼」


 そんな俺たちの様子を見かねたウリエルはオロオロしながら小日向に訴えかける。


いつもなら涙が溢れるほど心に染み込んでいくその優しさが、今回ばかりは更に俺の心をえぐっていった。


「そうだとしても友達わたしが見過ごせないッ‼よし、今日はこれからデパート行ってウリエルちゃんの服を買いに行こう‼」


「えぇッ⁉そ、そんな悪いですよ…‼黒羽さんも何か言ってくださ…」


「よっしゃ有り金全部持っていこうッッ‼」

「黒羽さんッ⁉冗談なのは分かってますけど有り金全部持っていくのは許しませんからね⁉」


 今回ばかりは小日向の意見に賛同せざるを得なかった。


「絶対にウリエルに似合う服を買う」俺たち二人はその野望に心を埋め尽くされながら、困惑しているウリエルの手を引き玄関の扉を開けた――…。


        ☆☆☆


《東京方舟モール》

「「到着ーーッ‼‼」」


「つ、疲れた……ッ‼人多すぎんだろ……」


 三人で出かけてから電車で数十分、俺たちは道行く多くの人々が愉快適悦な言葉を交わす広大なショッピングモールへと赴いていた。


正直辿り着くまでの疲労が凄すぎてもう帰りたかったが……いつも以上にテンションを上げているウリエルを見ると全てがどうでもよくなっていった。


「す、すごいです何ですかここはッ⁉人が沢山いますッ‼皆さん楽しそうですッ‼黒羽さん、小日向さん、ここはもしかして「ゆうえんち」ですか⁉」


 ウリエルはその場でくるりと一周し、周囲の様子を眺めている。


流石にこの人混みの中で翼をバタつかせるわけにはいかない為、今回は美しい両翼を背中に封印させている(声は抑えていた)。


「あはは、ウリエルちゃんここは遊園地じゃないよ?「デパート」っていうお料理屋さんやお洋服屋さんまで何でもある凄いところっ‼」

「ナンデモッッッ‼」


 小日向はそんなウリエルを、愛おしい我が子のように後ろから抱きしめながら説明していた。

 …うむ、なかなか絵になる……そんなことを隣で考えていると…、


 ――ねぇあの二人めちゃくちゃ可愛くない?

 ――あれ、あのポニーテールの子って確か『楽園』の選手じゃ…?

 ――隣でずっとガン見してる陰キャみたいな奴なんなの?通報したほうがいいかな…?


 もの凄い注目を浴びていた。そりゃそうだ。

ウリエルは言わずもがな、小日向も外見(だけ)で言えばかなりの美人であるため、その二人のオーラは老若男女問わず、通り過ぎていく全ての人々の視線を奪っていた。


 というか初デートの時もそうだったが……俺ってそんなに陰キャに見えるのか…?今日だって自分なりに結構オシャレしてきたんだけど……、


 周りの評価などいちいち気にしていたらキリがないと、自分の中で勝手に区切りを付けていたが……「通報しようか」と言われると流石に落ち込んでしまう。


「………帰りたい…」


「ちょ、ちょっと黒羽あんなの気にしなちゃダメだよ!それに黒羽は優しい陰キャじゃん、自信持ちなって‼」

「あぁ陰キャではあるんだね。出来ればそこ否定して欲しかったな」


 小日向は両膝に手を置きながら生きる気力を失っている俺を何とか励まそうとしてくれていた。正直追い打ちでしかなかったが流石に本人の前では言えない。


「そ、そうですよ?黒羽さんは「いんきゃ」ですッ!他の誰にも負けてませんよ!」

「…ウリエル「陰キャ」の意味わかってないよね……、でもありがとう…」


 励ましている小日向の真似をするように俺の無知な天使が容赦なく最後の爆弾をぶち込んできた。


「はいはい切り替えて!早速ウリエルちゃんの服を買いに行こーーッ‼」

「あ、そうだ忘れてたッ‼ウリエル早く行こッ‼」


「おぉ黒羽さん元気になった……って…ちょ、お二人とも走ったら危ないですよッ‼」


 小日向のおかげで本来の目標を思い出した俺は二人の美少女と共にデパートの中にある目的地へと向かった――…。


        ☆☆☆


《東京方舟モール・3F》

 エスカレーターを利用し、俺たちは小日向に案内されながらデパートの中にある大きな洋服屋へと足を運んだ。


「うわわ、下界の服がいっぱいです…ッ‼」


「確かにすごいな……こんなに広い服屋始めて来た…、」


「でしょ?私も蒼司とよくここで服買ってるんだよねーー」


 自慢気に語る小日向を横目に、俺とウリエルは広い店内を見渡していた。

男性モノや女性モノが揃っているのは勿論のこと、コスプレ用なのか、制服や着ぐるみなど絶対普段着にはしないようなモノまで幅広く売ってあった。


GWということもあり、多くの人が見物や試着などで店内の雰囲気を楽しんでいた。


「よしッ!それじゃあ早速始めようか……『ウリエルちゃんドキドキファッションショー』をッッッ‼」


 小日向はそう叫ぶと、いつの間に集めて来たのか店内にある大量の服を両手に抱えていた。


「えぇホントにやるんですかッ⁉こ、黒羽さん助け…」

「店員さんに撮影の許可貰って来たぞ!」

「ナイス黒羽ッ‼」

「ねぇなんでそんな生き生きしてるんですか黒羽さんッッ⁉」


 正直彼女が出来るまでは服屋でイチャイチャしているカップルを酷く呪っていたが……今ようやくその気持ちを理解することができた。


「じゃあまずは……これッ「スク水」‼」

「それ絶対「まずは」で持ってくる服じゃないですよね小日向さんッ⁉というかそれホントに服なんですかッ⁉」


「まぁ……とりあえず着てみようよウリエル」

「鼻血垂らしながら澄ました顔向けないでください黒羽さんッなんか怖いですッッ‼」


 それから二時間ほどウリエルのファッションショーが続いたのだが……試着室に長居しすぎて店員さんに怒られた為お開きとなった。


        ☆☆☆


「んふふ~~ッ♡」

「転ばないようにねウリエルーー」


 俺と小日向は、目の前で紙袋を大事そうに抱きかかえながら上機嫌でスキップしているウリエルを眺めながら夕暮れの帰り道をゆっくりと歩んでいた。


結局買ったのは春物の服を二セットと寝る用のパジャマ(ピンク)だけだった。

しかしパジャマ代を払ったのは俺ではなく……、


「なぁ小日向……ホントにパジャマ代返さなくて大丈夫なの?」

「いいっていいって。ウリエルちゃんの笑顔が見れたらそれで充分ッ‼」


 そう言うと小日向は再び目の前でハシャいでいるウリエルへ向かって優しく微笑んだ。


「あ、でも帰ったらパジャマ姿のウリエルちゃんの写真送ってよね?」

「おいそれが目的かッッ‼……十枚くらい送るよ」


「小日向さ~んッ黒羽さ~ん‼」

「「ん?」」


 ウリエルがこちらを振り返り満面の笑みで寄ってきた。小日向は両手でその顔を挟む。


「どしたのウリエルちゃん?…うわ頬っぺた柔らか…」


「むにゅッ……おふはりほも、ひょうはありやほうございまひや‼……ん、私今日買ってもらった服毎日着ますッ‼」


「いーえ、今度はそれ着て一緒に遊び行こうね!…ん」


 小日向から発せられた次の誘いと眩しいウインクに照らされ、ウリエルの笑みは更に輝きを得ていた。


「はいッ‼……ん、ん?…んッ…んッ」


「……?何してるのウリエル?」


「ゴミでも入っちゃった?」

「いえ…、小日向さんみたいに片目だけ閉じたいんですけど…ん、上手く出来ないんですぅ…」


「「ぐはァァァッッッ‼‼‼」」


「え、なんで後ろに吹っ飛んだんですか、そんなに下手くそでしたかッ⁉」


 不器用ながらも必死に小日向の真似でウインクをしようと挑戦しているウリエル、そのあまりの可愛さと尊さの圧に、俺だけでなく小日向までもが吹っ飛ばされてしまった。


「大丈夫ですかお二人ともッ⁉」


 これにより俺たちの買い物デーは終了し、ウリエルは一晩中今日買った服を順番に着て楽しんでいた――…。


「「……G(グッド)、W(ウインク)……」」

「やかましいッッ‼」

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