第12話 小日向矢夏は「計画」を立てる

《楽聖高等学園 二年C組》


 ――ねぇねぇ、明日からの『…』何して過ごす?

 ――俺明日だけ部活あるわ…、

 ――私は家族と演劇観に行くよ~


 平日の午後三時半、長い長い六つの授業を乗り越えようやくホームルームを迎えるところまでたどり着くことが出来た。


いつものクラスメイト達ならその声色に疲労感を掛け合わせながら会話をしているが……今回ばかりは違う。

明日から始まる一週間ばかりの連休に心躍らせ各々様々な予定について話を繰り広げている…、そのイベントの名は――…‼


「黒羽っ黒羽、明日からの『GW』どうする⁉」

「ねぇ今ナレーションいい感じだったんだけど…」

「なんの話?それより折角の連休だし皆でどっか行きたくない?」


 後ろの席に座っているポニテ女子、小日向矢夏が両目を輝かせながらその名を告げた。


 GW……毎年四月末から五月の頭にかけて訪れる春の大型連休のことだ。

 夏休みなんかと違い少ししかない期間だが休みは休み。


 普段は学校がある平日が休日となるのだから自然と、いや、生き物の本能的にそのテンションが上がってしまうのは仕方のないことであった。


「確かに遊びたいね…放課後みんなで空いてる日確認しよっか」

「それがイイッ‼」

「ほんとテンション高いな…」

「そりゃそうでしょって…あ、花先生きた」


 俺と小日向の会話に区切りをつけるかの様に教室のドアを開け一人の女性が入ってきた。


「はーい、ホームルーム始めんぞ~」


 朱山花あかやまはな、赤みがかった長髪と常に身に纏っているジャージ、そして一体どういう意図で持っているのか全くわからない竹刀が特徴的なこのクラスの担任を務める女性英語教師だ(ちなみに陸上部顧問)。


 一度瞳に映すとつい見惚れてしまうほどの整った顔立ちと、それに相反するような男勝りな性格から放たれるギャップが多くの生徒の心を掴んでいる。


 朱山先生は教卓の前に立ち全員が揃っていることを確認した後、自身の頭をボリボリと搔きながら話し始めた。


「はい、というわけで明日から私もお前らもみんな大好き大型連休がやってきます。各々予定を組んでいるかも知れないが、この学校の生徒として恥ずかしくない生活習慣を心がけ…」


「先生はどっか遊びに行ったりするの~?」


 一人の女生徒が話を遮り絶妙にどうでもいい質問をぶっこんできた。


が、普段あまり触れることのできない教師のプライベート事情を聴けるかも知れないチャンスに、俺含めた多くの生徒が期待に満ち溢れた目を向けていた。


「あ?いや、私は特に予定ないけど…てか仕事あるし…というか、たかが一週間程度の休みで「ゴールデンウイーク」とか偉そうな名前付けんなって話なのよそもそも、……こっちは未だに……ってのにそんな状態でカップル大量発生のイベント与えられても虚しくなるだけなんだよ酒飲みてぇぇぇッッ…‼」


「ごめんね先生私が悪かった」


 予想外の悲壮感で満ち溢れているその返答に、質問をした女生徒は若干引き気味で自席に着いた。

 ……先生まだと上手いこといってないのか、


「いいんだ、気にしてない。でも次言ったら英語の評価一段階下げる」


 職権乱用の代表例みたいなこと言い出したぞこの教師。


「先生僕も質問が…、この前配るって言ってた委員会選挙のプリントっていつ配られ…」

「はい山下お前評価一段階下げまーすッ」


 いや今のはいいだろ真っ当な質問じゃねぇか。山下君混乱しちゃってるよ可哀想に…


「まぁ冗談は置いといて…、『学習』は無論日々精進だが『娯楽』も忘れないように。休み明けにまた会おう、はい号令。…あ、委員会関連のプリントは配るの面倒なので教卓の上に置いておく。各自取るように」


なんかいい感じにまとめられてしまった気がするが…、

これにてGW前最後のホームルームが終了した――……


        ☆☆☆


 ――先生ばいば~い

「「さようなら」だぞー」


 ――いいことあるって先生…、さよなら

「憐れむな学生がッッ‼はい、さようなら」


 ホームルーム終了後、多くの生徒が各々別れの挨拶を告げながら教室をあとにした。


 そして俺たち四人はいつも通り教室に居残って談笑に花を咲かせていた。


「いよいよGWだねッ三人とも‼」


「小日向さっきからずっとハイテンションだね」


「滅多にない部活連日オフが嬉しいんだろうよ」


「……わかりやすい」


 もはや視力が心配になってくらい目を星の様に輝かせている小日向と桜馬、蔭島と共に明日からの予定について話し合っている。


「それで⁉みんなの予定はどう⁉蒼司は⁉」


「いやそんな急に言われてもなーー…今はまだ分かんねぇから今日の夜に改めてで」


「うーーん、じゃあ黒羽は…いいや、暗理は⁉」

「え、なんで俺飛ばした?」


 突然の塩対応に驚きを隠せずにいたが、蔭島はそんなこと気にもせずにただジッと廊下の方を見つめていた。


「あれ?暗理?」


「…………だ」


「ん…?なんて?」


「………この教室入ってくるかも……」

「「「マジ⁉」」」


 蔭島が口にした「青川先生」という単語に俺含めた三人の体は瞬時に反応し、全員で机に身を隠すように屈んだ。


そんな俺たちの様子を見かねた朱山先生はこちらに奇異の目を向ける。


「……?何してるんだお前た…」

「失礼しまーす…朱山先生、今少々お時間よろしいでしょうか…?」


 蔭島の予言通り教室の扉をゆっくりと開き、恐る恐る朱山先生の名を呼ぶ男性数学教師……青川静海あおやましずみがそこにいた。


俺たちがこの高校に入学した時期と同じタイミングで新米教師としてこの学校の赴任した青川先生は、その立ち振る舞いなどからどこか気弱な印象を与えつつも、俺や桜馬でも理解できるほどに優しく、丁寧な授業をしてくれることで本人の気づかないところで絶大な人気を誇っている。


 ではそんな先生が現れたのにどうして俺たち四人は隠れているのか……理由はこの場にいるもう一人の教師の姿にあった。それこそが……、


「!!!??あああッ青…青川先生……ッ⁉ど、どう、どうしままままましたかッ⁉」


 我らが漢気美人番長、朱山先生であった。青川先生が目の前に現れた瞬間頬を真っ赤に染め上げ、ぶっ壊れた扇風機かの如く動揺しまくっている。


 ……もうこれ以上の説明は不要だろう。つまり、である。


「その…、この後の職員会議で使う僕が担当した資料なんですけど上手くまとめられているか不安で…少しチェックお願いできませんか?」


「あぁ…な、なるほど…い、言いに来、るるのが遅いでッですよよよよ?あああとす、少し、近い、でです…ッ」

「す、すみません……ッ‼」


 もう何て言ってるのか上手く聞き取れないほど朱山先生の体はバイブレーションを引き起こしていた。


(………ッ………ッ‼)


(笑っちゃダメだって暗理‼…………ッ(笑))


(聞き取れる青川もすげぇけどな)


 普段見れない朱山花の一面を目の当たりにした蔭島は、余程それがツボにハマったのか肩を小刻みに震わせながら笑いをこらえている。


こそこそ見ているのがバレたら後でどれだけ怒鳴られるか分かったもんじゃないのではは出来る限り抑えるようにしているが……、


(なぁもう帰ったほうがいいんじゃない?邪魔しちゃ悪いって…)


(もうちょっと!もうちょっとだけ見ていこ黒羽?ほら、心配だし?)


((……矢夏に賛同))


(お前らな………そうだね)


 明らかに好奇心が上回っている声色だったが…正直俺ももう少し見ていたかったので小日向の意見を飲み込むことにした。俺たちは再び二人に視線を移す。


 朱山先生は青川先生に渡された資料に目を通していた。しかし先ほどまでとは違う。

遠目から見ても充分にわかる、明らかに「恋心」を捨てた一流教師、朱山花の姿がそこにはあった。


「……青川先生、ここの欄はもう少し間隔を空けるように改善してください。あと個人の主張が書いてある部分は全て消しましょう。これは貴方「個人」が「記述」して終わりのモノではありません、我々教師陣「全体」で「閲覧」し、それについて「思考」するモノなんです。自分ではなく常に他者を意識して作成しなければ会議資料の意味はありませんよ?」


「…は、はいッ!すみません急いで書き直します…ッ」


「三十分以内にやり直して、もう一度見せてください」


 朱山先生の怒涛の改善令を受け、青川先生は奮い立つように渡された資料を手に取る。


((((おおぉぉ~~…))))


 それを見ていた俺たちは思わず感激してしまった。


(花先生かっこいい~ッ‼)


(………これがプロ…)


(流石我らが「鬼の花ちゃん」だな黒羽?)


(あの人そんな異名あったの?…まぁ、確かにかっこいいな)


 やはり「仕事」となれば生半可な気持ちで臨むわけにはいかないのだろう……

俺たち生徒の前とはまた違うもう一つの「姿」に自然とそんな感想がこぼれ出てしまった。


「…お忙しい中本当にすみませんでした…、僕…なかなか仕事覚えられなくて…いろんな方に迷惑かけてしまって…」


「青川先生、教師でも生徒でも同じ人間です。最初から何でも出来たらこちらの仕事が無くなってしまいます。『頼れる者には頼る、助けられる者は助ける』…これも覚えておいてくださいね?

(あーーやばいやばいやばいやばいッ頑張ってる青川先生可愛いッ大好きッ食べちゃいたいぃぃぃぃッッッ♡♡♡久しぶりに二人きりで話したけど上手く喋れてたかな私…ッ⁉二人きりって言っちゃった、カッコいいところ見せられたかな?もう用事ないのかな、もっと一緒にいたい、もっと弱いところ見せて欲しい、もっと私のこと知って欲しい、一緒にご飯行きたい、デートしたい、イチャイチャしたい、同棲したい、結婚したい、寿退社したい好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きッッッッ‼‼‼♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡)」


(凄いよ、失敗した後のフォローも完璧だよッ‼女子でも惚れちゃうってこれは‼)


(……カッコいい)


(俺花ちゃんの生徒で良かったよッ)


(…いや今なんか一瞬凄い強欲が見えた気がするんだけど……)


        ☆☆☆


 ひと通り教師同士の触れ合いを楽しみ、俺たちは学校をあとにした。


「でも意外だよなーー、花ちゃんでも恋したりするなんてさ?」


「全然意外じゃないよッ!先生だって乙女だもん、恋ぐらいするって!」


「…………実るといいね」


 さっきまでの朱山先生の可愛さとカッコよさで放課後トークは最高に盛り上がっていた。


「ねぇなんか忘れてない?GWは結局どうするの?」


「うーーん…、まぁなんやかんや皆集まれるでしょ?よしッ‼みんなで円陣組もうか!」

「「「何のッ⁉」」」


 小日向に言われるがままに俺たち四人はサークル状に固まった。形が整ったのを確認し小日向は天にも届く勢いで叫び散らかした。


「最ッッッ高に楽しいGWにするぞぉぉぉッッッ‼‼‼」

「「「お、お~…」」」


 終始テンションの高い小日向だったが……

これにより、俺たちの『GW』が幕を開けた――……。

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