第11話 大天使は「勉強」を知る

「あーー…どうしよ…、」

「黒羽さんしりとりしましょー…って、何してるんですか?」


 桜馬たちが訪問してきた日の夜、人生初彼女ウリエルとの夕食(カレーライス)後、俺は机の上に勉強道具を広げ明日行われる英語の小テストの勉強に取り組んでいた。


そんな俺の様子を見かねたウリエルはその小さな両手を俺の肩に乗せ覗いてくる。


「あぁ、明日のテストの勉強なんでけど……英語苦手なんだよね」

 まぁ全部苦手なのだが。


「?「えいご」って何ですか?」


「えっとねーーアメリカやイギリスっていう、俺たちが住んでいる国とはまた違うところで使われている言葉なんだけど…」


 説明があまりよく分からなかったのかウリエルは首を傾げながら俺の体を軽く揺さぶってくる。


「ほかの国の言葉なんか知ってどうするんですか?この国では使わないんですよね?」


「そんな全学生が抱えこんでるような疑問急に投げかけられても…、まぁ将来の為には必要なんじゃない?現に今ほとんどの職業で外国語が関わってきてるし…」


「……納得いきません、しりとりしましょう」

「ねぇ気になってたんだけどまだそれハマってたのッ⁉一話分使ってやったんだからもういいでしょ⁉」


 この間一晩中しりとりをしたあの日からウリエルはずっとハマっていたらしい。

正直言うとあれから最近「しりとり」という単語を聞くだけで背筋が凍り始めたのでもう二度とやりたくないのが本音だった。


「えーー、じゃあ私も「えいご」勉強したいです。その紙貸してくださいっ」


「あ、やってみる?このプリントは明日の範囲だから…この参考書ならいいよ」

「ありがとうございます‼………ふむふむ…?」


 参考書を受け取ったウリエルは俺の隣に座りその本を一ページずつじっくりと読み始めた。


 思ったよりも集中して読んでいるのでとりあえずしりとり《拷問》は受けずに済みそうだったため、俺は再び自分の目の前に君臨しているテスト範囲のプリントへと意識を向けた。


「……俺もやるかぁ……」


《三十分後》


「………ふーー………(やばいやばいやばいマジで分かんないどうしようッ⁉)」


 図書館などで周りの人たちが集中して勉学や仕事に取り組んでいると自然と自分も集中できてしまう現象があるように、今俺の横で集中して参考書を読んでいるウリエルがいるこの状況で俺自身も再び気持ちを立て直せていた。


しかし何事も気持ちだけでは突破できない……目の前に広がっている無数の英文に俺の脳はもうショート寸前まで追い込まれていた。


ただ単語だけを覚えておけばいいテストとは違い、「文法問題」というしっかりと英語の知識が問われる問題である為尚更絶望的だった。思わず頭を抱えてしまう。


「黒羽さん大丈夫ですか…?」


 俺の様子を視界に入れたウリエルは手にしていた参考書を下に置き、優しく背中をさすってくれた。


「うん、ちょっと苦戦してる……はは…」


「顔死んじゃってますよ……、ちょっとその紙見せていただけますか?」

「え?あぁ……別にいいけど」


 俺のプリントをしばらくの間見つめていたウリエルは先ほど読んでいた参考書のページをめくり口を開いた。


「黒羽さん、このプリントには「不定詞」についての問題が書かれてあります。不定詞には主語、補語、目的語の三つの意味があるのでまずはそれを理解するところから始めていきましょう」


「な、なるほど……って、え⁉ウリエルこれ分かるのッ⁉」


「さっき貸してもらった本に書いてあったので覚えちゃいました」

「冗談だろ……?」


 ウリエルが「大天使」として超ハイスペックなのを完全に忘れてしまっていた。

そういえば料理や洗濯も動画一本見るだけでマスターしていたけれど……勉強もイケるのか、


「ごめんウリエル……申し訳ないんだけどちょっと教えてくれない?俺だけじゃ絶対無理だ…」

「任せてくださいっ‼必ず黒羽さんを「えいご」大好きにさせてみせますッッ‼」


 これ以上ないほど頼もしい宣言をしてくれたウリエルと共に再びテスト対策に取り組み始めた。ウリエルの教え方は本当にわかりやすく、基礎そのものが出来てなかった俺でも少しずつ問題が解けるようになってきた。


 ……勉強が楽しいなんて生まれて初めてだ……

この調子なら本当に明日のテストを突破できるかもしれない――……‼


《八時間後》

「さぁ黒羽さん!次は「再帰代名詞」を勉強しましょう、これは目的格と所有格に「self」や「selves」がついた形を表す語で…」

「お願いもう勘弁してッッッ‼‼‼」


 夜が明けるまでウリエルの授業は続いた。

一度スイッチが入ると時間を忘れて永遠に暴れまわるウリエルの性格も完全に忘れていた自分をひどく憎んだ。


「まだまだこれからですよ黒羽さん、ここからさらに英語が大好きになるはずで…」

「違う違うもうテスト範囲とっくに超えてんのよ‼これ以上やったら英語に人生初のトラウマ刻まれることになるから俺ッ‼」


「あははっ♡黒羽さん寝かせないのめっちゃ楽しい‼‼(大丈夫です、黒羽さんなら絶対出来ますよっ!)」

「おい待て、逆逆ッ本音溢れ出てんだよ悪魔かッッ‼‼」


 結局この日は英語以外のほとんど授業を寝て過ごす羽目になったのだが……テストは人生最高得点を取ることが出来たためなんとも複雑な気持ちになってしまった。


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