第9話 大天使は「友達」を得る・前編
月曜日。その単語を聞いていい気になる人間なんて恐らくこの世に存在しないだろう。多くの社会人、学生はこの日からまた新たな…そして憂鬱な一週間がスタートするのだ。
それは勿論、制服姿のまま玄関で座り込んでいる俺も例外ではなく……
「ね…眠い……」
「黒羽さん目の下がなんだか黒い気がするんですけど…大丈夫ですか?」
いったい何が原因なのか全くわかってなさそうな彼女は俺の目の下のクマに指を差しながら不安げな表情を向けてくる。
「誰のせいだと……、いや…大丈夫だよ。じゃあ
「はいっ!…あっ、ちょっと待っててください」
「ん?」
ウリエルはそう言うと一度リビングのほうへ戻り、ふろしきに包まれた小さな箱を手に取り再び玄関の前まで戻ってきた。
「これ、持って行ってください」
「……?なにこれ?」
「「お弁当」ですっ、学校では沢山お勉強すると聞いてお腹減ると思いまして…あんまり時間なかったんですけど、昨日の夕飯の唐揚げも入ってるので力出ますよきっと……ってあれ?黒羽さん泣いて…」
「許すよもうッッッ‼‼‼」
「うわびっくりしたッ…あ、いってらっしゃーーい!」
満面の笑みで手を振るウリエルに見送られながら俺はその場から駆け出した。彼女の「お弁当」を手に持って。
……ずるいよホントに……俺の彼女は……
☆☆☆
『聖楽高等学園』
都内に位置する私立高校、略して『楽園』なんて呼ばれていたりもするが…偏差値もそこそこ、進学実績もそこそこ、部活動も陸上部を除いてはどれもそこそこな、まさに「普通」の高校だ。楽園要素なんか微塵もない。
この四月から二学年へとレベルアップした俺は校門をくぐり、大勢の生徒が歩く階段を登り進み、もうすっかり見慣れた「2C」と表記されている教室へと足を運んだ。
「あーー…ねっむ…」
「おはよい黒羽っ!」
「――いッッッた‼背中叩くなよ桜馬…、おはよ」
恐ろしいほど似合っているスポーツ刈りと獣のような鋭い目つきが特徴的な大柄男……
「悪い悪い、寝てないのか?」
「うん……ちょっと夜通ししりとりを…」
「…よく分かんねぇけどしりとりで夜明かせる高校生なんて存在したんだな。じゃあ目覚めのいい一発になったか!」
「加減を覚えろっての加減を‼俺の肉体の耐久力はその辺の小枝以下なんだぞ、立場ってもんを弁えろ桜馬鹿ッ‼」
「悪かったけどそれどんな心情で言ってんだよお前ッ⁉……おい誰がバカだテメェ黒羽ッ‼」
「なーに朝からアホな会話してんのあんたら」
「あ、おはよ小日向…朝練あった?」
「うん、もう朝から疲れたわーー…」
オレンジジュースを飲みながら俺と桜馬の会話に割って入ってきた一人のポニテ女子、
気づいたときには仲良くなってて、気づいたときには常に一緒にいて、気づいたときには同じ高校に通っていた。
なんとクラスまで二年連続一緒になったもんだから最近になって少し怖くなってきたくらいだ。
「なんかババァみてぇだな矢夏……かわいいけど」
「うるせぇ蒼司このやろう……あんがと」
……ちなみにだが
「はいはい、イチャイチャはよそでやってくれ。……あれ、そういえば蔭島は?まだ来てないの?」
「暗理?あーー、そういえばまだ見てねぇな遅刻か?」
「何言ってんの?さっきからそこにいるじゃない」
「え?……うわッびっくりしたっそんなとこで何してんだよ蔭島⁉」
小日向が指を差す方……机の下を見るとスマホゲームをしながら寝転んでいる小柄な女子、クラスメイトの
彼女とはこの高校に入学してから初めて出会った友人だ。
いつも両目は半開き、その小さな体には相反するように伸びている長く黒い髪、それでいて日頃からあまり自分から意見等を言わない性格であるため周囲の人間からは距離を置かれていたが……あることがきっかけで、今ではすっかり俺たちのメンバーの一員となっている。
「……おはよ」
「あぁ、おはよう……じゃねぇよ起きろ、俺の机の下はお前のゲームスペースじゃねぇッ心臓止まるかと思ったわッ‼」
「気づかない黒羽もどうかしてるけどね…、ほら暗理、制服汚れちゃうから起きろー…ってあれ、そのキャラ今復刻してんの?結構強いやつじゃなかったっけ?」
「……ん、でも今の環境にはそこまで合わないから無理して狙わなくてもいい。矢夏が使ってるパーティーだとこの前当ててた前衛剣士キャラを最大限まで強化したほうが……」
小日向に腕を引っ張られながら蔭島は立ち上がり自身がプレイしていたゲームの解説をしだした。
こういう時は人一倍元気になるよなこのゲーマー……別にいいけど、
「そういえば黒羽…一昨日のあれ、結局何だったんだよ?」
ゲームの話で盛り上がっている二人を見つめながら桜馬は隣にいる俺に訪ねてくる。
「あれって……なんだっけ?」
「忘れんなや。あれだよ、俺と矢夏は休日何してんだよーって話」
「あーー……」
桜馬が言っているのは俺とウリエルの初デートの日のことだった。
何をすればいいのか全くわかっていなかったため、既にリア充と化していた桜馬に意見を求めたのだが……色々ありすぎて完全に忘れていた。
正直参考になる意見を得られたかと聞かれれば全くそういうわけではない。
しかし協力してくれたのは事実だしそれに……親友には本当のことを伝えるべきだよな。
「桜馬…俺実は「彼女」ができたんだ。一昨日はその子と初めてのデートだったからお前に何かアドバイスを貰おうと思って連絡した…、伝えるのが遅くなってごめ…」
「あはははっ寝言を言う時間はもうとっくに過ぎてるぜ童貞」
「小日向、ちょっと見てほしい
「ん?黒羽?何する気だ?」
「なにー?………………ふーん、」
こっちに寄ってきた小日向に一昨日撮った桜馬とのメッセージアプリのスクショを見せた。
そう、あの爆弾マシマシ問題発言のスクショを。 (※第六話参照)
俺のスマホの画面を瞳に入れた小日向はみるみるうちにその爽やかな表情を曇らせ、般若のように歪ませていった。
「な、なぁ黒羽お前いったい矢夏に何見せて……ってなんでそれがッ⁉送信取り消しにしといたはず……あっそれスクショか卑怯だぞ黒羽ッ‼……や、矢夏?違うんだ、これはちょっと黒羽をからかおうとしただけであって……ッ」
「ごめん二人とも、蒼司と少し話があるから一旦抜けるねっ!……お前ちょっとこっち来い」
「「ごゆっくり~…」」
「見捨てんなよお前ら…ッ誰か助けて●されるッッ‼」
桜馬の心からの叫びも虚しいままに、
「…矢夏…怒ったら怖いね…黒羽」
「俺たちも気をつけような……あっごめん蔭島、昼休み数学の課題手伝ってくんない…?まだ終わってなくて…」
「……メロンパン」
「メロンパ…お昼持ってきてないの?」
「……ん、忘れた」
「そっか…」
メロンパン……今からコンビニにいく訳にはいかないため、お昼から開く購買に行く必要がある。
だが昼休みの購買は毎日戦場と化しているため正直踏み入れたくない場ではあるが……背に腹は代えられない、
「わかった……あとで買うから頼むわ」
「…三個ね」
「⁉」
☆☆☆
―昼休み―
全校生徒が各々の場所で昼食を取ったり、遊んだり、兎に角好きなことをして過ごしている時間だ。
全国の高校生が過ごす時間の中で間違いなくトップに君臨するであろう青春のひと時……
そんな中で俺たち四人は……
「蒼司そこ違う、分子の因数分解飛ばしてる。これ言うのもう三回目」
「あ、はい…ごめんなさい」
「…黒羽…そこ…係数比較でやったほうがいい…あとちょっとだから…頑張って」
「あ、なるほど…うす」
二対二で今日提出の数学課題に取り組んでいた。
昼休み開始のチャイムが始まったと同時に購買へ駆け込み、死に物狂いでメロンパン三個を買い取り教室に戻った後蔭島に渡し勉強スタートとなったのだが……、
小日向に顔面をボコボコに殴られていた桜馬がその様子を見て自身も課題が終わっていないことに気づきこうなった。
俺の先生が約束通りの蔭島、桜馬の先生が未だにご機嫌斜めな小日向となっている。
「黒羽……先生交換しねぇか?」
「すまん無理」
「口よりも手を動かしなさいよ蒼司、
「ごめんなさいちゃんとやります」
「よろしい」
……怯えながら取り組んでいる桜馬の様子を見ると流石に申し訳なく感じてきた。
《二十分後》
「「終わったぁぁぁぁぁぁぁッッ‼‼」」
最後の一問を同時に解き終えた瞬間、俺と桜馬はお互いの体を抱きしめ合った。
昼休み五十分中三十分を使ってようやく終わらせることに成功した。
「はいはい、お疲れさま。私たちのおかげだってこと忘れないでよ?」
「……こっちが疲れた」
俺たちよりも遥かに疲弊した顔をしている二人がため息交じりにこちらをジト目で睨んできていた。
実際この二人がいなければ半日かかっても終わることはなかっただろう。
それも小日向に関しては交換条件も無しにずっと手伝ってくれていたため心の底から感謝しなくてはならない。また頼もう。
「もう手伝わないからね黒羽」
「エスパーッ⁉」
「いいから早く昼飯食おうぜ?もう昼休みあと二十分しかねぇよ」
「誰のせいだと思ってんのよ……まぁそうね、ご飯ご飯♡」
桜馬の提案により少し遅めの昼食タイムが始まった。蔭島はゲームの続き、小日向と桜馬、そして俺は自身の鞄から各々弁当を取り出し、早急に食べ始めた。
「あれ、黒羽今日弁当なん?いつもコンビニ飯なのに珍しいな……矢夏卵焼きくれや」
「ほんとだ…しかも結構バランスよく作ってる……、一個だけだよ?」
「……黒羽そんなに料理できたっけ……?」
三人は普段見慣れない俺の弁当を前屈みになりながら覗いてきた。
唐揚げ三個にレタスやウインナー(タコ型)、様々なおかずが置いてあるその横には残りのスペースを全埋めするかの如く白米が敷き詰められている。
「時間がなかった」とは何だったのか、高校生活史上最高の大天使弁当に俺自身も驚きを隠せずにいた。………帰ったら抱きしめよう。
その前に
「三人一斉に寄るな暑苦しいッ!別に自分で作ったんじゃない……か、「彼女」に作ってもらった」
「「「……………………」」」
俺の告白を耳にした三人は少し固まった後ゆっくりと互いに顔を見合わせた。
「お前さっきもそんなこと言ってたよな…?おにぎりやるから一旦落ち着けって、な?」
「黒羽……あんた、その妄想はちょっと…卵焼きあげるから一旦落ち着こ、ね?」
「……ゲームやらせてあげるから一旦落ちt…」
「そんな気が狂ってるように見えるの俺?」
「「「見える」」」
「仲良しか」
コイツらの中で俺はいったいどういう存在なのだろうか……さっきの桜馬の反応を見てしまった後であったため、そりゃ少しは覚悟していたが……ここまで信じてもらえないと流石に辛さが胸の奥から込みあげてくるのを感じた。
いつもは基本何言っても信じてくれるんだけどなぁ……例えば――…
「あいたたた、急にお腹があいたたた(嘘)」
「大丈夫か黒羽ッ⁉」
「なんか変なもん食べたんじゃないの?」
「……保健室…」
めちゃくちゃ心配してくれる。
「あーーごめん治ったみたい、ところで昨日…窃盗にあったんだけど(大嘘)」
「どこのどいつだッ⁉」
「とっ捕まえてぶっ●す」
「……住所特定…社会的制裁…」
めちゃくちゃ怒ってくれる。
「ご、ごめん戻ってきたから大丈夫、あと先週彼女ができ…」
「お前疲れてんだよ」
「月曜だもんねー…」
「…………(笑)…」
「なんでこの話だけは信じないんだよッ‼‼あと蔭島今普通に笑ったよね⁉」
☆☆☆
『♬~~…』
「お、よし今日はここまでだな。はい、日直号令……」
《全授業&ホームルーム終了》
「あーー…やっと終わった、」
今日学ぶ予定だった全ての授業が終了し、窓から夕陽が微かに差し込む教室にその
課題が間に合うのかという焦燥感や今日がまだ月曜日だという残酷な現実への憎悪が掛け合わさり、とてつもない疲労が体中を駆け巡っていた。
「ういーー黒羽お疲れさん」
部活に所属していない俺にこれ以上この場所に居座り続ける理由は無い為早急に帰宅の準備を整えようとしたその時、俺の瞳に見慣れた親友の姿が朧げに映し出された。
「……?あぁ、桜馬か。お疲れ」
俺とは違いまだまだ余力のありそうな雰囲気を醸し出している……、同じ帰宅部なのになぜここまで差があるのか、そこそこ長い付き合いになる今でも全く理解できなかった。
「私たちもいるよお二人さん?……暗理ちょっと重くなった?」
「―…すぅ……すぅ……―」
そんな桜馬に連鎖していくように、眠っている蔭島とそれを片手でおぶっている小日向が俺の机に寄ってきた。
午後の授業に突入するとほぼ毎日蔭島はその眠気に抗えなくなり爆睡を決めている。
一度寝るとホームルームが終わっても起きないことがあるため、小日向がまるで赤子をあやすかの如く蔭島を抱きかかえているこの光景も俺たちからしてみれば決して珍しいモノではなかった。
それでも毎回学年トップクラスの成績を軽く収めてくるため教師陣の中には蔭島の愚行に目をつむっている者もいる……、
「てかさ、この後どうするよ?どっか遊びにいかね?」
「お、いいね蒼司!私も今日は朝練だけだし付き合うよ?」
桜馬の提案に小日向は目を輝かせながら賛同する。普段は部活がある彼女にとって放課後に「誰かと遊べる時間」というのは本当に貴重なものであるのだ。
さらに小日向が所属している部活は、、、
「
「あーー…なんか顧問が今日カードゲーム?の大会あるから無理なんだって」
「………それ、大丈夫なの?」
「他の先生には嘘つくって言ってたよ?「内緒にしといて」って朝練のあとジュース買ってくれたもん」
「あれ賄賂かよッ⁉」
顧問(担任)が少々癖のある人なのだ。
指導力が凄まじい為多くの生徒から慕われてはいるが……、
「………黒羽の…家行きたい」
「お、暗理起きた?」
「……ん、矢夏…降ろして」
「はいはい…あー腕疲れた」
長い眠りから目覚め小日向に優しく降ろされた蔭島はその長細い目でジッと俺の方を見つめ提案してくる。
「な、なんで俺の家?」
「……こないだの格闘ゲームやりたい」
「えーー…」
蔭島暗理は時折テレビゲーム目的で俺の家に転がり込んでくる。
家がとんでもなく裕福であるためゲームなど幾らでも出来るはずなのだが……
最近は格闘ゲームにハマっているらしい。
「この前やったときすぐ飽きて放り投げてたじゃん」
「……真のゲーマーは一度プレイしただけでその真髄を評価しきらないもの…だからやりたい」
「いや元々俺のゲームだからね?そんなに貸して欲しいならそろそろレンタル料を…」
「…………………………うるせぇな」
「!!!?」
「おいおい喧嘩はやめようぜ?結局黒羽ん家は今日空いてるのか?」
俺と蔭島の言い合いに顔をしかめた桜馬が割って入り込んできた。
見た目に反して争いごとを好まない性格であるため、身内同士でいざこざがあればすぐに間を取り持ってくれるため案外いつも助けられている。
「まぁ空いてるけど……、今彼女と一緒に住んでるからあんまり大人数で来られるt…」
「よーーし、黒羽の家でゴロゴロに決定だっ!早く行こうぜ」
「あっじゃあスーパー寄ってお菓子買おう?」
「……コーラも買う」
「おい待て聞けってばッ……か、可愛いんだからなッ⁉俺の彼女めちゃくちゃ可愛いんだからな⁉」
もう知らん。家入れた瞬間に腰抜けさせてやる。
あまりにも信じてくれないこの三人に対して今の俺の中にはこの感情しか湧いてこなかった。
―……我が家で待ってくれている彼女が一体どういった存在かを完全に忘れた状態で……―
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