第7話 大天使は「デート」を知る・後編
~あらすじ~
初デート中。以上。
「おお…これは…」
「す、すごい行列ですね…」
『楽園クレープ渋谷―罪と罰―』
店名だけ聞くと普通に頭おかしいのかと思われるようなこのクレープ専門店は…その豊富かつ大胆なメニューで多くの人々を虜にしてきた、まさに「大人気店」だ。
休日、それも中心街に位置しているこの店に大行列ができていることなど少し考えれば誰だって予想できたが…ウリエルと手を繋げた幸福感に脳が支配されていたため、完全に放棄していた。
「あの、黒羽さんどうしましょう…?私下界のお金持ってませんし、また次の機会でも…」
「いや、並ぼう。手を繋いでくれたお礼が出来てない」
「え、いいんですかっ⁉理由はよくわからないですけどホントにいいんですねッ⁉やった‼」
俺は目を輝かせ、その場で一回ジャンプするウリエルの手を引いて列の最後尾へと向かった。この笑顔のためなら幾らでも並んでられる、そんな気しかしなかった。
☆☆☆
「黒羽さんっ黒羽さんっ、あの女の人すごい髪型ですよ。どうやってセットしてるんでしょう?」
「指差しちゃダメだよウリエルっ…確かにすごいな、なんであんな逆立ってるんだ…?」
半ば諦めかけていた行列に並べたウリエルはいつもよりも明らかにそのテンションが上がっていた。その証拠に並び始めてから数十分、列を横切るすべての人に対して興味を示していた。
「黒羽さん、「くれーぷ」っていったいどんな味なんでしょうかっ?」
「うーーん俺もあんまり食べたことn……」
「お次のお客様どうぞーー」
「呼ばれましたっ‼行きましょう黒羽さん!」
「えっ…わかったわかった、引っ張らないで…」
店員さんに呼ばれた瞬間、俺は目を光らせたウリエルに腕を引っ張られ注文受付口まで連れられた。
「ご注文は何になさいますか?」
女性の店員さんに差し出されたメニュー表を見ると…とてもクレープのそれとは思えない文字が並んでいた。
「えっと……『混濁の血に溺れし純白の羽』……なんですかこれ?」
「苺と生クリームのクレープですね」
最初からそう言えや。
「じゃあ俺はそれで……ウリエルはどれにする?」
「ちょっと待ってくださいね……うーーん、この『深緑の妖精が紡ぎし未来の方舟』ってやつが気になります」
「おぉ……ちなみにこれはなんですか?」
「メロンとマスカットのクレープですね」
だから最初からそう言えや。
「じゃあその二つで」
「かしこまりました、お二つで合計千二百円になります」
やっぱり結構するな……まぁいいけど。
「あ、じゃあ丁度で」
「はーい、オーダー入りましたーー『赤と白のやつ』と『緑と緑のやつ』でーす」
「あいよー」
「だからそれで伝わるなら最初からそうしろってッッ‼」
「黒羽さんツッコミのボリューム調整してくださいッ‼」
ウリエルに軽く頭をはたかれながらも、なんとか無事クレープを注文することに成功した――…。
☆☆☆
「お待たせしましたーー赤と緑でーーす」
「もう単色で呼んでんじゃん」
「こ、これが「くれーぷ」っ…‼」
無事注文を終えたあと俺とウリエルはそれぞれが頼んだクレープを手に取っていた。
「ここで食べていいみたいだし、早速食べよっか」
「はい‼」
「「いただきます」」と同時に手にしていたクレープをゆっくりと口の中へと運んだ。
「……‼こ、これは…っ‼」
なるほど、確かに美味しかった。いや、正直美味すぎる。
店や商品の名前はぶっ飛んでいたがその分味もいい意味でぶっ飛んでいた。
絶妙に甘すぎないクリームと甘酸っぱい苺とそのジャムのバランスがこれ以上ないくらいに上手く嚙み合っていた。
これならウリエルも満足するのではないか、そう思い隣で黙々と食べている彼女の顔をふと覗いてみると……、
「……ぐすっ…ぐすっ……、」
「あれ泣いてる⁉どうしたのウリエル、美味しくなかった⁉」
「いえ…違うんです黒羽さん……想像していたよりもずっっっと美味しくて…涙が…こんなの初めて食べました、」
「あぁ…そういうことね」
良かった。一応ウリエルは
「私…下界に来てホントに良かったです……っ‼あっ黒羽さん、私のと交換こしましょ?」
「そりゃ良かった……って、え?」
「はいこれ私のです」
「あぁ、じゃあ……どうぞ」
ウリエルは即座に自身が食べていたクレープを差し出してきたため、俺も反射的に自分が食べていたクレープを渡してしまった。
……これってもしかして……
「ごめんウリエルちょっと待ってて」
「ん?ふぁい、わふぁりまひは」
俺のクレープに喰らいついているウリエルを横目に、俺は出かける前にメッセージアプリを通じて連絡していたある人物に今度は直接聞きたいことがあり電話をした。
「あ、
『お前急に電話してくんなよッあとちょっとで
「俺が悪かったけど何してたんだよお前は⁉」
『気にすんな。で、なんだよ?』
「あぁ……あのさ、例えばよ?例えば男子と女子がデートに行ったとしてさ、お互いが違うクレープ食べてて、それを交換しよってなる現象って……」
『…ん?なに?「間接キス」のこと言ってんのか?』
「………………」
「間接キス」……電話の向こうにいる友人が放ったその言葉を受けようやく今自分が直面しているこの状況を理解することができた。
『あれ?おーーい聞こえてんの?……てか黒羽今外いる?なんか騒がしい気が…』
「……ごめんもう大丈夫、ばいばい」
『えっ?ちょっと待っ……ブチッ』
脳が一瞬ショートしてしまったため思わず会話の途中で電話を切ってしまった。
覚えていたら今度謝ろう。
「黒羽さん、誰とお話してたんですか?」
「あ、いやなんでもな……ってもう食い終わってるし⁉」
声のかかった方へ目を向けると、俺が与えたクレープの生クリームで口の周りをべちゃべちゃに汚しているウリエルがいた。
「黒羽さんの「くれーぷ」もとっても美味しかったですっ‼私のも食べてみてくださいよっ」
「うーーん…っとーー…」
俺は手に持っていた食べかけ《ウリエル》のクレープにそっと目を向けた。
……いいのかな、食べても…いや、いいか…付き合ってるわけだし…でもウリエル絶対これの意味知らないよな……?
「あの…食べないんですか?もしかして…私の食べかけ、嫌ですか…?」
「嫌じゃない嫌じゃないッ食べるよ食べる、いただきますッ‼」
彼女のまるで捨て猫を思わせるかのような上目遣いによって俺の脳裏に広がっていた思考は全て消し飛び、彼女のクレープに喰らいついた。
…あぁくそッ‼なんであんなクリームまみれの顔してるのに可愛いんだよッ⁉
「…あ、美味しい…」
「ですよねっ!」
俺の感想に答えるように彼女は満面の笑みを浮かべた。…何故か無性に恥ずかしくなってきたので急いで食べることにした。
――あ、お前口にクリームついてるぞっ♡
――あーんたっくん優しい~♡私も吹いたげる~♡
「…………」
「黒羽さん、あのお二人はいったい何を…」
「見なくていいよウリエル、ただの「バカップル」だ」
「「ばかっぷる」?私たちとは何か違うんでしょうか?」
「え、うーーんそういわれると………何が違うの?」
「私が聞いてるんですけどね…」
ウリエルは苦笑を漏らすと再び隣にいるカップルのほうへ目を向けた。そして少しの間考え込む様子を見せて口を開いた。
「黒羽さん、今何か拭くもの持ってますか?」
「え?ポケットティッシュぐらいならあるけど……あっ顔拭きたい感じ?」
「いや、そうなんですけどそうじゃないです。…あれ、私にもやってください」
「……え?」
ウリエルが指を差す方向を見てみると、先ほど互いの口を拭き合っていたバカップルがいた。
俺の解釈が間違っていなければ…彼女はあれと同じことをやれと言っているのだ。
「えっと……本気で言ってるウリエルさん?」
「本気で言ってますよ黒羽さん。「かっぷる」はあれをするのが普通なんですよね?ほら、拭いてください」
そう言うとウリエルは「ん」っと自身のそのべちゃべちゃな口を突き出してきた。
「……どう食べたらそんな汚れるんだよ、あと別にあれが普通って訳じゃ…」
「話逸らして回避しようとしないでください。…別にいいじゃないですか」
俺があまり乗り気でないことに腹を立てたのか、ウリエルはその頬を少し膨らませていた。
……仕方ないな……
「じゃあ、拭かせていただきます……」
「!はいっどうぞ‼……優しく、してくださいね?」
「言い方気を付けなさいってば」
「早く終わらせてしまおう」俺はその考えに集中させ取り出した一枚のティッシュを彼女の口元にゆっくりと押し付けた。
「……んっ…ん…」
「――ッ‼」
紙一枚の上からでも充分感じられる彼女の唇の柔らかさとその体温、そしてそこから発せられるなまめかしい声に俺の脳は段々と沸騰してきてしまった。
「……ほら、拭き終わったよ」
「ありがとうございますっ……何か顔赤くないですか?」
「だ、大丈夫だからッ‼満足したならどこか別の場所に…むぐっ⁉」
俺が答えきる前に彼女は自身の手を近づけ、その親指を俺の唇にあてクリームを拭き取った。
指についたクリームを舐めたあと彼女はニコッと笑みを浮かべ……
「これでおあいこですねっ」
「……~~~ッ‼も、もう帰るぞ今日はッ‼」
「えぇーーッ⁉もっといろんな所行きましょうよ~~待ってください黒羽さーーんっ‼」
この後もなんやかんやありつつ本屋やカラオケ屋などにも赴いたが……さっきの衝撃が強すぎてあまり集中できなかった。
そしてこれにより、俺とウリエルの人生初の「デート」は幕を閉じた。
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