第5話 大天使は「家事」を知る
早朝、カーテンの隙間から暖かくも眩しい日差しが暗い景色に包まれた俺の瞼の裏を照らしつけてくる。
意識はまだ朦朧としているが今日が物凄く快晴だということは嫌でも理解することが出来た。
「――さーん?―羽さーん?」
まだ寝ていたいという浅い欲望で埋め尽くされた俺の脳裏に何やら甘い声が響いてくる。なんともまぁ聞き心地のいい声だった。半起き状態のこの体には丁度いい睡眠薬に……
「黒羽さーん?もう朝ですからそろそろ起きましょーー?」
あれ…俺の名前呼んでる……?
疑問に思い薄っすら瞳を開けると…小さなその体にそぐわない大きな黒いエプロンを纏わせ、俺の枕元にちょこんと正座している大きな両翼を生やした大天使――…
「あ、あれ……ウリエル、そのエプロン俺の…?」
「あぁ、すみません少しお借りしていますっ…それよりも黒羽さん?朝起きたらまず何か言うことがあるんじゃないですか?」
「え?あーー…そのエプロンすごい似合ってるよ。うん、めっちゃかわいい。大好き」
「か、かわッ…⁉大すッ…⁉ち、違います、そうじゃないです、挨拶ですよッ‼もう、寝ぼけてるんですか?」
思わぬ誉め言葉を受け、顔を真っ赤に染め上げた彼女は俺に軽く叱責を飛ばしてくる。
本心なんだけどなぁ…。「挨拶」…、あぁそういうことか…、
「おはよう、ウリエル」
「はいっ!おはようございます黒羽さんっ、朝ご飯出来てるので顔洗ってきてくださいね」
そう言うと彼女は満面の笑みでその場から立ち上がり、台所の方へ向かっていった。ふと時計を見てみると時刻は八時を超えていた。
それでも今日は休日である為、むしろいつもより早く起きることが出来た。いや、「起こしてもらえた」が正解か。……ん?今ウリエルなんて言ってたっけ…?
――…朝ご飯出来てるので…――
朝……ご飯……?
☆☆☆
「え、これ…ウリエルが作ったの……⁉」
「はい、上手く作れてるか分からないんですけどね…」
自信の無さそうな表情を見せた彼女の真ん前に鎮座している食卓の上には、茶碗いっぱいについである白米に味噌汁、オカズには鮭や目玉焼きにサラダ、そしてなんと豪勢にトーストまで君臨していた。
はっきり言って一人暮らしの俺からしてみれば贅沢過ぎるほどの
「俺でも普段こんなに作れないのに……でも、
「黒羽さんが昨日の夜「ぱそこん」で「どうがさいと」を自由に見ていいって言ってくれたんじゃないですかっ、私それで下界での生活方法を沢山勉強したんですよっ‼」
「昨日の夜…?あーー…、」
俺は両目を細め、昨日の晩、風呂から上がった後のウリエルとの会話を思い出していった。
――黒羽さんお疲れですか?
――うん…お風呂入ったら一気に体の力抜けちゃって……眠い…
――いやちょっ、ここで寝たら風邪引いちゃいますよっ⁉よ、寄りかからないでくださいぃぃ…ッ、
――ウリエルは眠くならないの…?
――天使は基本眠らないので……私、黒羽さんがおねんねしてる間どうすればいいでしょう?
――えぇ?うーーん……じゃあこれ見てみる?
――こ、黒羽さん、この四角い板なんですかっ⁉折れてますよっ⁉あぁッ開きました‼え、黒羽さんが折っちゃったんですかっ⁉ダメですよモノに八つ当たりしちゃ……‼
――ああぁぁ体揺らさないでよ…、これは「パソコン」って言って…これが「ヨウチューブ」っていう動画サイトね
――ぱ、「ぱそこん」?ヨウ…チュー?「どうがさいと」…?
――えっとね、これがこうで、あれがそうで………
――ごめんなさい、どれがどれですか?
《数十分後》
――って感じかな、わかった?
――多分わかりましたっ‼ではいろいろ見てお勉強しておきますねっ!
――うん、好きなの見てていいからね。……あぁ眠い…じゃあ俺はこれで…、おやすみ……
――あっおやすみなさい黒羽さん
「そういえばあったなそんなこと……、えっちょっと待って……じゃあ動画見ただけでこの料理全部真似して作ったってこと⁉」
「はいっ!私だってやれば出来る天使なんですよ‼……目玉焼きが半熟にならなかったのは不問にしてくださいっ……」
「いや誰もそこについて責めてないからッ‼……すごいな大天使…」
正直出会ってからまだ半日ほどしか経っていないが、俺の中のウリエルの印象はもう「普通にアホな激かわ大天使」とほぼ決めつけられていた……が、たった数時間見た動画の情報を完璧に理解し、すぐに行動に移すことのできるこの
「普通に凄くてちょっとアホな大天使」にランクアップだ。
「成長するもんなんだな、人も天使も……」
「なんか今すっごい失礼なこと考えてませんでしたか黒羽さん…?それより早く食べましょっ、アツアツごはんが冷めちゃいます」
「あっそうだね。ごめんごめん、それじゃあ……」
「「いただきます」」
彼女とともに手を合わせ、すべての自然に感謝を伝えてから朝食に箸を伸ばし始めた。人生初の彼女ごはんだ。
「あ、あの黒羽さん……その、お味どうでしょうか…?あの…ほんとに自信ないので不味かったら遠慮なく言ってほし……」
「……美味すぎる……」
「えっ⁉ほんとですか……ってな、何で泣いてるんですか黒羽さんッ⁉」
「い、いや……なんか……久しぶりにまともな飯食った気がして…」
「昨日お鍋食べましたよね?」
ウリエルの言う通り、俺は彼女の作った卵焼きを口にした瞬間体に落雷のような衝撃が迸り、それが自然と俺の両目に涙を流させていた。甘すぎるほど甘い卵焼き。
人によって好き嫌いが分かれるかも知れないが、極度の甘党の俺にとっては最高にこの味がマッチしていた。
その他にも白米はふっくら柔らかく、味噌汁は丁度いい濃さに調整され、不満がっていた固焼きの目玉焼きも充分すぎるほどその味を完成させていた。
「凄い勢いで黙々と食べますね…、…良かった…おいしいって言ってくれた…」
彼女は心底安心したような表情を見せ小さく呟いていた。
「あっ黒羽さん、昨日の服とかあとでまとめて洗濯しちゃうので、もし洗うモノあったらご飯食べた後でいいので出しちゃってくださいね」
「はいよーー、…このトーストもめちゃくちゃ美味しいわ…ジャム取ってくれる?」
「あははっ、レンジに突っ込んだだけですけどね。はい黒羽さんジャム、あっミルク、牛乳おかわりですか?」
[ンニャーー]
「ありがとーー…………えっ待って、洗濯するって言った今?」
あまりにも普通の調子で言うもんだからこっちもつい普通に反応してしまっていた。
「言いましたっ、あっ…ご迷惑でしたか…?」
「いや違う違うっそうじゃないよ。え、洗濯機の使い方とかわかるの?」
「昨日見た動画で基本的なことは覚えましたよ?あとは、掃除の仕方やアイロンのかけ方も…あっこの家アイロンありましたっけ?」
「あるけど……ちなみにそういう動画って何回くらい見たの?」
「え、そうですね……四回くらい?」
「それぞれ一回ずつしか見てないじゃん。凄すぎないウリエル……?」
「黒羽さんには今後もお世話になるので……お手伝い出来ることは何でもやってみたいんですっ」
「ウリエル……、いやでもそれは俺だって同じだし流石に何でもかんでも任せるのはなぁ……」
正直今すぐにでも抱きしめたかったが、今後の共同生活のあり方を考えることが最優先だという理性が必死にその欲望を抑え込んでいた。
「じゃあ……平日は俺学校があるから、その時間は掃除とかお願いしてもいいかな?出来る限りでいいし、休日は俺もやるからさ」
「そんなに気を使わなくてもいいんですけど……というか黒羽さんッ「がっこう」行ってるんですか⁉」
「え?あぁうん、十代だからね。学校知ってるの?」
「はいッ‼健康、医療、スポーツ、経営学など幅広い学問を学べるところですよね?」
「ん?」
…………なんかどっかで聞いたことある語呂だな、
「いやぁ、うち高校だからそこまでではないかな……ちなみにそれどこで聞いたの?」
「「どうがさいと」でなんか流れてきました」
「そ、そっか…ご飯おいしいね」
「はいっ、お料理楽しいです!今度こそ必ず目玉焼きを半熟にしてみせますッッ‼」
それからしばらくの朝ウリエルの「目玉焼き半熟化計画」が続くようになり、家の冷蔵庫が生卵で溢れかえるようになったのは……また別のお話だ。
――…次回「初デート」編開幕…――
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