第89話 [愛娘の父親 京]愛娘とどんぐりのスタンプと。

『お父さん、今日お鍋食べに来られる?』

 スマホに届いたメッセージ。

 愛娘からの何とも魅力的なお誘いだった。


 かなりぎりぎりの成績の生徒はいたけれど、勤務先の高校での僕の担当相科目、物理での留年者は今年度も出なかった。


 教師としてのお祝いと、自分へのご褒美がてら、由都としずの顔を見に行きたいのは、やまやまだ。


 けれど、通知表のデータ確認の補助、付属大学推薦入学試験の関連書類準備など、担任を持っていない者としてせめて、という細々とした仕事があるので今回は残念ながら、だなあ。


『とても魅力的なお誘いだけど、ごめんよ』

 また誘ってね! と、どんぐりのスタンプに代弁してもらった。

 ちなみに、このどんぐりはコナラだ。


『お仕事だね? じゃあ、相談だけ』

 由都からは、いいかな? のコバンザメのスタンプ付。


 そうだよ、よく分かってくれているね。


 僕が君としずからのお誘いを断るのは仕事くらいしかないよね。

 尤も、二人の緊急時なら最優先は君達だけれど。


 相談。それはもちろん。

『聞くよ。電話にしようか?』

 当然でしょ? のクヌギのスタンプ。


『電話するね!』待っててね! 

 これは……コバンザメかな。


 少しだけ待っていたら、電話が掛かってきた。


「もしもし、お父さん? お鍋は残念だけど、みさきさんの家庭教師の件でお話したくて。あ、今はもうお家のそばのいつもの駅に着いてるからね」


 ああ、なるほど。


 最寄り駅に着いて、安全な場所から連絡してくれたんだね。


 そして、合点がいったよ。


「由都が指定校推薦合格を果たしたから、これからどうするか、だね。土岐さんのご都合はどうなのかな。僕から伺おうか?」

「みさきさ、先生は大丈夫。もしよければ春休みまでは、って言ってくれてるから。先生のお母さんのひらきさんも了解して下さってるって。だから、お父さんとお母さんに相談したらそれでOK」


「そう。だったら僕からは何もなし。もし、回数が増えるならその分はもちろん支払うよ。あとは、由都としずとで決めてくれるかな」

「分かった。ありがとう、お父さん。お母さんとみさきさんが会う機会、は別に考えていいよね」


 相変わらず気遣いができる子だね、君は。


「もちろん。由都、そちらは置いておいて、君の希望を優先しなさい」

「そうするね。あ、そうだ、クリスマスパーティーの準備、どうしよう? 先達庵さんにお任せだと申し訳ないよね」


 かえすがえすも、由都、君は……本当に素晴らしいよ。


「先達庵さんが開いて下さるパーティーの準備の件は、僕が引き受けるよ。あのメッセージのグループでお話させてもらうから。あとは、そうだ、この間のしゃぶしゃぶ屋さんの豚肉を今日のお鍋に使ったら良いかもね。由都の一番の悩みはそれじゃないかな?」

「ありがとう! お父さんさすが! お鍋のことは、お母さんに言ってみるね」


 例年通りなら、しずの誕生日の後になるクリスマスはケーキを三人で、または由都としずに食べてもらうためにケーキを届けに僕が伺うのだけれど。


 祖母殿のなじみのケーキ店だから、クリスマス明けでも大丈夫だろう。


 元々、クリスマスケーキも、二人が好きなケーキのホールケーキを予約していたからね。


 しずは遠慮深いから、連続して贈りものを受け取ることをあまり好まない。でも、ケーキなら、多少高価でも喜んで受け取ってくれるのだ。

 まあ、大半は由都のお腹に収まるのだけれどね。


 素晴らしい気遣いのできる、素敵な愛娘。そして、大好きな元奥さん。


 そして、元奥さんを大切にしてくれる人達。


 そんな人達の為に、僕はメッセージアプリにメッセージを入れる。


 皆のクリスマスが少しでもよいものになりますように、と思いながら。





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