第88話 [家庭教師の母 土岐ひらき]喫茶室と感謝の気持ちと。
「嬉しそうな顔。しずるさんに連絡できたのね」
「やっぱり、分かるんだね」
周囲の人達が思わず振り向くような笑顔で、娘は戻ってきた。
見ただけで意中の方にご連絡できたことが分かるけれど、一応、聞いておく。
「必要なものと頼まれたものは選べたから」
「ありがとう、さすがはお母さん」
その後は、自宅とみさきのマンションへの配送手続き。
珍しく営業スマイルみたいな笑顔のみさきのおかげか、かなりスムーズに女性店員さんは手続きを終えてくれた。
そして、私達が今いるのは百貨店内の喫茶室。
夕方の時間帯。
ここは喫茶がメインのお店だから、この時間帯はかなり空いている。
少し長めに会話をしても、迷惑にはならないだろう。
「うん、ありがとう。家庭教師の継続の件とあと、お礼も由都ちゃんに伝えられた。マフラー期待しててね、もね。ありがとう、お母さん」
家庭教師の継続の件。
確認すべきだとみさきに伝えたのは、私だ。
保護者として、私から伊勢原先生や伊勢原しずるさん、つまりは由都ちゃんの保護者さん達に伺っても良かったのだけれど、一度はみさきに任せようと思ったのだ。
昨日の晩、この子の思い人、伊勢原しずるさんの娘さん、由都ちゃんが気を利かせてしずるさん作のオムライスの画像を送ってくれた。
うわあ、とこの子にしては珍しい声を出していたので見せてもらったら、つやつやで、美味しいよ! とオムライス自身が話しかけてくれているような画像だった。
そのメッセージアプリを見た昨日のみさきはこんな風で。
「お母さん、見て、これ! 私がしずるさんのお誕生日に月球儀をお渡ししたからだと思うんだけど、由都ちゃんって本当に気遣いしてくれる良い子だよね! ああ、でも、良いなあ。羨ましい」
あの様子は、なんともほほえましかった。
私の手前、思い人である伊勢原しずるさんに連絡を控えていたみさきだったけれど、しずるさんの娘さんである由都ちゃんに、しかも、あちらから連絡をしてきてくれたのを止めるほど狭量な保護者ではないつもりだ。
むしろ、協力してあげたい。
そこで、考えたのは素敵なオムライスのお月様へのお返し。
伊勢原さんのお宅よりは遥かに山間の我が家なら月が……と言いたいところだったけれど、最近は月が陰る日々。
だったら、と。
「星月夜をお返ししたら? みさき、昨日星空の写真、撮ってたでしょう?」
昨晩は、月はないけれど美しい星空だったから。
星明かりの美しい夜。秋の季語だけれど、そこまで気にしなくても良いだろう。そう思った。
「そうか、そうだよね。 一応、今日の空も確認するよ……あ、曇りだ。昨日の星空にするね、ありがとう!」
そして、由都ちゃんに星月夜を送った翌日、つまりは今日。
由都ちゃんが気を利かせてくれたおかげで、しずるさんがみさきに連絡をして下さったようで。
しずるさんへの返信と由都ちゃんへのお礼を無事に終えて、こうして二人で会話をしているという訳だ。
「そうだ、お母さんのおかげで、由都ちゃんに家庭教師の話もできたんだよ。ありがとう。やっぱり私、色々見えていないところがあったよね」
「恋愛に突撃し過ぎたから? まあ、振り返りってことで良かったと思うよ、今回は。由都ちゃんが私の想像以上にきちんとしたお嬢さんだった、ってこともあるけどね。あの子が大好きなお母様なんだから、絶対に素敵な方だね、しずるさんは。お母様……お母さんの私も、みさき相手に場合によっては鉄拳制裁、っていう覚悟があるだけで、現実的ではないと思ってるし。信じてるからね、みさきのこと」
「分かってる、ありがとう」
「それから」
「うん」
「本当に、素敵なんだ。由都ちゃんのお母さんの、しずるさん」
「そう。良かったね」
軽く伝えた風に、装えただろうか。
多分、私に恋愛の色々を報告した時よりも緊張していただろうみさきに、負担をかけたくはないからね。
「ありがとう。お母さんが私のお母さんで良かった」
「どういたしまして」
こちらこそ、だ。
みさきが私の子どもで、娘で良かった。ありがとう。
……良かった。
さあ、次はどうしようか。
一番の目的、由都ちゃんへの指定校推薦の合格祝いは、ほぼ決まっている。
だけど、二人で同じ物を頼んだ水出しコーヒーを飲んだら、もう一度マフラーを、そして、もしかしたら、他のものも。
見に行ってみようか。
「ねえ、みさき。もう一度、由都ちゃんへのお祝い、見に行ってみない?」
「え、明日また出直しじゃあ……いや、うん。そうだね」
みさきにも、通じた。
今私が誘った買い物は、由都ちゃんへの合格のお祝いだけじゃなくて。
由都ちゃんへの、私達からの気持ちの贈り物。
そう、土岐母と、土岐娘からの感謝を込めたい。
思いっきり、ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます