第90話 豚肉とほうれん草と。
「お母さん、少し待たせたよね、ごめんね。お父さんに電話してたの。お仕事で今日は無理なんだって。でも、お鍋のアドバイスもらったよ。冷凍庫に入ってる、お父さんおすすめのしゃぶしゃぶ屋さんの豚肉。あれを使ったら? って。お父さんとみさきさんと三人で食べて、すごく美味しかったよ!」
スーパーも視界に入る、駅前のロータリー。
私を見付けた由都が早足で向かって来てくれた。
「ごめんねなんていらないけど、由都ちゃん、ありがとうね、学校もお疲れさま。京さんに連絡してくれてありがとう。行きましょう、あ、お腹空いてないかしら?」
このありがとうは私に謝ってくれたことと京さんに連絡してくれたことの両方へ。
12月の京さんは多忙だからいきなりのお誘いは厳しかったのね。でも、由都の声が聞けたことは嬉しかったわよね? 京さん。
「空いて……る。お母さんには分かっちゃうんだね。じゃあ、スーパーのイートインのパン屋さんで何か食べていい?」
かわいい。いいに決まってるわ!
「いいわよ、お買い物が先でも良い?」
「もちろん! ありがとう!」
「どういたしまして」
二人で話していたらスーパーまではあっという間。
ついでに、と持ってきた空のペットボトルとスチール缶とアルミ缶を二人で回収ボックスに入れてから、スーパーの店内に入る。
まず、スーパーの入り口で手指を消毒して、私はカートを取りに行き、肩にあったエコバッグをカートの持ち手に掛ける。
そして、素早く買い物カゴを取り、カートの上下にカゴを入れてくれた由都。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
お礼を言った時に目に付いたのは。
ほうれん草だわ。
「入り口近くの商品は手にするお客が多いからともう一つ、本当に良い商品なので更に店内で他の品物を購入してもらう為という理由がある……場合もあるらしいよ」と京さんが教えてくれたことがある。
少し前の、由都と私と三人のお買い物の時。
あの時は、ええと、確かそうだわ、葉っぱ付のにんじんだったわね。
普通の人ならとろけそうな京さんのウインク付で。
「このにんじんも、『食べて食べて』ってウインクしているみたいだよ」って。
京さんと、にんじんのダブルウインク。
私達だから「お父さんすごい! にんじん、買おう!」「さすがは京さんね」だけだったけど。
そうだ、そのあとはものすごい勢いでそのにんじんが売れていたんだった。
そのにんじんは、確かにすごく甘くて、葉っぱもとても美味しかった。
このほうれん草は……。
うん、京さんの言うとおり、本当に良さそうだわ。
すると、このほうれん草も『そうでしょう?』と、ウインクをしてくれている気がした。泥も少し付いていて、それがまた美味しそう。
「由都、お鍋の具材、豚肉とこのほうれん草でどうかしら。ほら、あのお鍋」
「あ、あのお鍋にする? いいね! じゃあ私、カートを持って先に入ってきのこを見ておくね。お母さんは素敵なほうれん草を選んだらお店の中に来てね」
他のお客さんの邪魔にならないように広い所に移動しながら、打ち合わせ。
良かった、由都もあのお鍋、ですぐに分かってくれた。
賛成がもらえたので、決定。
今日のお鍋の主役は、京さんのお土産の豚肉と、ほうれん草!
カートときのこ選びは由都が引き受けてくれたので、肉厚なほうれん草を選んで、と。
昆布とぽん酢はお家にあるわね。
そうだ、店内で、あれも買わなくちゃ。
主役の豚肉とほうれん草以外にも必須なものを、ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます