第40話 [先達庵 あや芽とさち江]ある日の先達庵。

「ありがとうございます……あら」

「どうしたの、さち江」

 配達員を見送ってから、庭園のお食事処、蕎麦屋先達庵のさち江は自らの大切な人……あや芽に届いた荷物の宛名を見せる。


「見て、これ」

 お互いの最愛と言える二人。


 あや芽にとってもその最愛がこの人。そんな存在……さち江が見せてくれたのは、小さな荷物の宛名。

 商品名は婦人小物。そのきれいな字と送り主は。


「しずるさん……商品名、婦人小物……。ハンカチかしら? 多分そうよね? まあまあ、本当に律儀な方……そうだわ、こちらもよ、さち江」

 あや芽は思い出した。

 先程郵便受けから取り出した郵便物の中にも似たような美しい文字列があったような気がしたのだ。


 ほら、とあや芽が取り出したのは、やはり、荷物の宛名と同じく美しい文字と名前。


 若い素敵な友人達、そして関係の進展を温かく見守りたい女性二人でもある……のうちの一人、伊勢原しずるからの丁寧なお礼状だった。


「お休みだったから、昨日? それとも今朝届いたのかしらね。それにしても、素敵なお心ばえねえ。……これじゃあ、みさきさんはたいへんね、本当に」

 あや芽はほう、とため息をつく。

「……本当にね」

 さち江は心から同意した。


 年の割に若く見え、そして美しい(だけではない)二人のうち、さち江の方がきりりとした端正な美しさで、あや芽はほんわかとした可愛らしい雰囲気をしている。

 勿論、外面と内面のそれが全て一致しているわけではないのだが。

 それでも、自分と同様に端正な雰囲気の若い友人、土岐みさきが思いを寄せる相手……伊勢原しずるはとても穏やかな可愛らしい人だ、とさち江は思っていた。


「ただでさえ、必要ないどころかいらない好意が寄ってきやすいたちの人なのに、自分から好意を寄せた初めての人がこんなに良い方だと、苦労されてるでしょうね。」


 若き日の自分を思い出したのか、苦笑いをするさち江。

 さち江はその容姿や知性、性格などから男女の別なく好意を寄せられてしまい、それに他意なく返して好意を更に寄せられていたことがままあった。

 その度に当時は親友だったあや芽、さち江とあや芽の主人達(当時は恋人とその親友)が色々と助けてくれたり引き剥がしてくれたり、と中々にたいへんなことになっていたのだ。


「まあ、みさきさんはさち江ほどには周囲をはらはらとさせないでしょうけれど。主人達は親友同士から最愛同士になって、こうしてお互いが第一になった私達のことをお空から見守ってくれているのだけれど、今度は私達が彼女達お二人を温かく見守っていきたいわね」


 あや芽の言葉に、さち江は二度目の苦笑い。

「……そのつもりだけれど、しずるさんにはどちらが年長者か分からないお返しを頂戴してしまったわねえ」


 二人の職場、蕎麦屋先達庵が入っている庭園は紅葉観覧期間中は定休の月曜日も開館していたのだが、さすがに12月に入り、第一、第三月曜日は休館となっている。


 庭園のホームページなどに特に告知はしてはいないが、休み明けの先達庵は午後からの営業が多い。その代わり、普段はしっかりと頂く長めのお昼休みはなしにしている。

 その為、午前中としては遅い時間に荷物を受け取り、郵便受けの郵便物を確認したりという業務を始業前に行っているのだ。


 ……だが。


「丁寧なお礼状……。むしろお話を聞いて頂けたり、お手伝いまでして頂いて、私達がお礼状を申し上げるべきなのに。『元の主人にお二人の話をしてもよろしいでしょうか』って……。ねえ、さち江? みさきさんには良いわよ、って伝えていたのよね?」

 まさか、届いた荷物と手紙の中に若い友人からのものが、とは二人も思ってはいなかったのだ。


「ええ。あや芽もメッセージアプリでどうぞ、ってお伝えしたのを覚えてるでしょう?……メッセージアプリ……。一昨日はメッセージアプリのグループトークでしずるさんの娘さんと娘さんのお父様とみさきさんとで盛り上がったわよね、私達」

 そう、その通り。


 そして、一昨日、先達庵の二人から二人の関係やそれぞれの主人達のことを話す許可を得ていたみさきは更に恩師である京に車中で色々なことを語った。


 愛する母しずるから聞いていた頼りになる素敵な方々の先達庵さんとはまた異なる視点の感動的な過去話。

 その感動のあまり泣いてしまったしずるの娘由都の涙が乾くまで、父である京はみさきを送り、愛娘をしずるの元に送るまでには少しだけ多目にドライブをした。


 由都自身も大好きな母、しずるに泣き顔を悟らせまいと帰宅後は明るく振る舞い、涙目が落ち着いてから母とのお茶(由都は茶菓子も)を楽しんだことはみさき、京、由都達三人の秘密だ。


「……さち江。しずるさんには申し訳ないけど、よけいに恐縮されるから、お返事はメールだけにして、クリスマスイブだけれどメインはしずるさんのお誕生日、な日にたくさんお返しをしましょう」

「そうね、それなら。メッセージアプリの会話でしずるさんのお誕生日パーティーをどうしようか、って話題が出た時に先達庵うちを使えばいかが? 当日貸切は日程的に難しいけれどクリスマスイブならお休みだから開けるわよ? って申し出たのは良かったわね、私達」

 さち江はあや芽に笑いかける。


「そうね、本当に。こうなったら、先達としてそれらしいところをお見せしましょう。『徒然草』のお話、娘さん、由都さんから聞かれたってお礼状にも書かれていたでしょう?」

 そうね、と返すあや芽。


「それじゃあ、開店準備をしましょう」

「そうね、でもその前に」

「……ええ」


 二人とも開店準備を行う前にするべきことがあった。

 それは、言い合わなくても理解している。


 そう。


 二人と三人の、秘密のメッセージアプリのグループトーク。

『しずるさんを思うみさきさんを応援するぞの会』にメッセージを送ること、に尽きるから。

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