第35話 [愛娘 由都]エレベーター前とみさきさんとお父さんと。

「二人とも早いねえ、待たせたかな?……そちらは?」

 本館五階のエレベーター前。待ち合わせ時間には10分以上の余裕がある。


 そちら、ってこの人達?

 ナンパだよ。……分かってるくせに、一応訊くんだね? お父さん。


「大丈夫ですよ、。連れの方と間違われたらしくて。……ですよね?」

「え、は、はい。……ほら、行こう!」


 だから言ったろ! あんなすっげー美人とめちゃくちゃ可愛い子に連れがいない訳ねえって!

 止めたのに、ダメ元、って言ったのはお前だろ? それにしても何あのイケメン? イケオジ? 芸能人かな?

 知るか!


 そんなやり取りをしながら、逃げるように去って行った人達のそんな会話がすごく空しい。


 まあ、嫌な感じの人達ではなかったな。出来れば話し掛けないでほしかったけど。


 でも本当、みさきさんが物理的に手を出さないでくれて良かった。

 スマホを消音にして録画しておいたから、もしもの時は正当防衛にできる! 大丈夫! だと思ってたけど。……あ、録画停止、っと。あとで消しておこう。


「お父さんが来るの分かってたから、みさきさん、我慢してくれてたんでしょう? 壁になってくれてありがとう」

「うん。あの人達が由都ちゃんに少しでも触れたりしたら速攻追い払うつもりだったけど、ダメ元で声を掛けた、って感じだったし、レストラン街の店員さん達もある程度見てくれていたからね。視線で分かったよ。だから助けも呼べるなあ、と思っていたら先生の姿が見えたから。……すみません、恩師を名前呼びしてしまいまして」

「気にすることはないよ。むしろ由都を守ってくれてありがとう。でも、土岐さん自身も守ることを忘れないでね。約束したよね」


 みさきさんは外見が良すぎて高校時代に色々あった(らしい)ことを部活顧問だったお父さんとみさきさんは言葉を選んで私に話してくれたことがあった。みさきさんが家庭教師になってくれたすぐの頃に。

 その時、ご実家が合気道の道場でみさきさん自身も有段者だというみさきさんにお父さんは「もしかしたら僕達の娘を守ってもらうこともあるかも。でも、約束してね。土岐さん、自分自身も守ることを」と言っていた。


 それを、お父さんは改めてみさきさんに確認していたのだ。

「はい、もちろんです」

「よろしい」

 お父さんは笑顔になっていた。


「あと、名前呼びだけど。土岐さんはもう高校を卒業しているのだから、僕は全く構わないよ? 勿論、誰にでも許可する訳ではないけれどね」

 落ち着いたお父さんの声に、みさきさんが答える。

「いえ、しずるさんが先生のことを名前呼びされるのが、私、好きなんです。だから私は遠慮します。あと、先生がしずるさんのことをしず、って呼ばれるのも好き……です」

 ……確かに。私もお母さんとお父さんのあの呼びあい方、好きだなあ。


「ふむ、なら、先生にしておいて。……由都、しずの買い物は僕の車に積んであるからね。帰りは僕が車で君を送るよ。良ければ土岐さんも。しずには伝えてあるから。あ、しずのおやつと夕飯は持ち帰ってもらったよ。巡回バスで帰るって。あと、先達庵さんへのハンカチはしずがきちんと送ったから」

「……お母さん、お父さんと二人で車に乗るの、遠慮したの? いつもなら……、あ、そうか」


「……何、由都ちゃん」

 私がじっと見ているのを不思議そうにしているみさきさん。

「みさきさんに訊いてなかったから。お父さんの車に乗ります、って」

 ……これ、言っちゃって良いよね?


「え、でも、しずるさんはいつもは……。あ、そうか、昨日……」

 みさきさん、照れてる?

 そう、昨日のデートで、お母さんはちゃんとみさきさんの気持ちを大切にする、って決めたから。絶対に大丈夫なこともみさきさんに訊いてから、と思ったんだよ、きっと。


「そういうこと。先達庵のお二人のことも、僕には素敵な方達にお会いできた、くらいしか話してないよ、しずは。……とりあえず、僕がしずを車に乗せるのは了解、で良いかな、土岐さん? あとの事は食事をしながら話そう。由都の好みでしゃぶしゃぶのお店にしたのだけれど、土岐さんは平気かな? 個室ありの所を予約したんだ」

「……はい。先生、しずるさんをよろしくお願いします。しゃぶしゃぶ、好きです。……やっぱり、先生はさり気ないなあ……紳士だ」


 小声で言うみさきさんは、少しだけ悔しそうで。

 やっぱり、の後は私にしか聞こえていないと思う。


 逆に、お父さんは嬉しそう。


 ……正直言うと、私も嬉しい。


 だって、みさきさんがお母さんのことを大切に思ってくれているのが分かるから。


 お父さんも同じ気持ちだよね、きっと。

「そうだね。土岐さん。約束に加えてくれるかな? しずのことも、って。そして……」


「はい、分かりました! お二人と自分自身を守り抜きます!」

「ありがとう」「嬉しい!」


 私は二人の間に入って、みさきさんとお父さん、両方の手を繋いだ。


 ……ほら、ね? やっぱり、同じ!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る