第34話 私と京さんと。

「麻のもの……これはお借りしたのと同じブランドのと、薄手のタオルハンカチ。……ありがとう、京さん。あとはお支払いとお届けのお願いだけだわ」

 婦人小物売り場はハンカチがブランドごとに分かれていて、その上素材別にも配置されていたので目当ての品はすぐに決められた。


 付き合ってくれている私の元主人にして永遠の親友、それから由都のお父さんでもある京さんは「相変わらずしずの買い物は早いねえ」とにこにこしている。


 多分、すれ違う人達が京さんを見てうっとりとしているのは気のせいではない。

 けど、京さんはどこ吹く風。


 友人だった頃、恋人だった時、夫婦だった時間、そして今も。基本的に変わらない。

 しずと由都の邪魔をしなければ構わない、という姿勢だ。

 京さんと由都、二人のお出掛けで逆ナンされた時は静かに怒り心頭、だったみたい。逆ナンした人、相当怖い思いをしたと思う。


「今日の買い物、僕は元々同伴するつもりだったけど。しずは今日いきなり決めたんだって?」

「そうなの。昨日、みさきさんと行った庭園で出会った素敵な方達にハンカチをお借りしていたのを返さずに帰宅してしまったから、こうして……」


 支払いを終え、カウンターで配送をお願いしたので、次は地下に向かう。

 そこで、エレベーターを待ちながら京さんに事情を説明する。

 由都のお見送りついでに駅前でお礼状を投函しようと思っていたのだけれど、一緒に昼食を取っていた時に思い出したのよね、さち江さんにお借りしたハンカチのこと……。


 ハンカチ自体は涙を拭いてくれたみさきさんが持っているし、お二人は返却だなんて考えてもいらっしゃらないだろう。

 それでも、あんなに素敵なお話を聞かせて頂いた上にお茶やお茶菓子、それにたくさんお土産も頂いてるし……。


「由都ちゃん、私も一緒に行って良いかしら? 先達庵さんにハンカチをお借りしていたのを忘れていて」

 まだ支度とかも間に合うわ、と思って、そう口にしていたの。


「みさきさんには……」

 と言い掛けたら、由都はにっこりとしていた。

「お父さんも来るし、お母さんに会えるだけでみさきさん、喜ぶから。ネイルだけ昨日と同じにしたら?」

 由都の、ありがたいアドバイス。

 ……それを、あんなに喜んでもらえるなんて。


「成程。機会があればその方達に僕もご挨拶をしたいな」

 みさきさんの嬉しそうな様子を思い出していたら、京さんにこう言われた。

「ええ、ぜひ」

 そう、お二人のことの仔細を京さんにお話するのは、きっと訊くまでもなくお二人も良いわよと言って下さると思うのだけれど、確認はしないと。

 ……とりあえずお礼状にその旨も書いてポストに投函したのでお返事待ちだ。

 これはもう、本当に。

 昨日、葉書を書いた時点でハンカチのことを失念していた私がとても悪い。


「地下の食品売り場で買い物した後はどうする? 車で送ろうか?」

「……ありがとう、でも、巡回バスで帰るわ」

 京さんの愛車、BMWのX1。色はアルピン・ホワイト。

 純白の白で綺麗なボディ。京さんに似合うし、由都もお気に入りのとても素敵な車だけど。


 すると、ああ、という表情の京さん。

「朱鷺色を送ってくれた土岐みさきさんに悪いかな。じゃあ、しずの荷物は預かって、由都と一緒にきちんと送るから、野菜とかも遠慮せずに買いなさい。……それなら良いね?」

「ありがとう、ごめんなさいね」

「いや、しずのそういう所良いよ」

「私も、京さんの思いやり、良いと思う」

 そう、夫婦ではなくなったけど、確かに私達には絆がある。


「ありがとう。手を繋ぐのはまずいかな。じゃあ、これで」

 そう言って京さんはエスコートみたいに腕を出してくれた。そっと手を添える私。


 丁度やってきたエレベーターが開いて、少し注目されたけど、大丈夫。


「行きましょうか、しず」

「ええ、京さん」


 ……これが、私達の普通。


 少なくとも、由都とみさきさんには伝わっているから。


 それで、十分。


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