第21話  [家庭教師 土岐みさき]お手伝いとほうじ茶と。

「ありがとう、本当に助かりました。古い蛍光灯と雑巾とエプロンと軍手はこちらに。まあ、脚立まで戻して頂けるの?」


 素敵なお話を訊かせて頂いたのだから、蛍光灯の交換くらいはお安いご用だ。


 古い蛍光灯などをお渡しして、脚立は奥の倉庫に返しに行く。


「ありがとうございました。芋羊羹とほうじ茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 さっきは蕎麦茶、今はほうじ茶。どちらも香ばしい香りが良い。


 私が蕎麦屋さんの店内でお話している方は店主のあやさん。


 しずるさんは今、調理担当のさちさんと一緒に紅葉の近くで蕎麦がき汁粉を販売している。

 鍋と食器などは私達も運搬を手伝った。


 お話をして頂いたあとで、「そろそろ外に行って来ますね」と言われたさち江さんを手伝いたいとしずるさんが申し出たのだ。


 「よろしければ是非」と言うしずるさんを止める理由は私にはなかった。


 むしろ、三角巾と割烹着と不織布マスク姿のしずるさんがとても魅力的だった。眼福だった。


 他の人の視線が気になる、というのはあったけれど、ここは落ち着いた庭園内の野外販売。しかも、主役は紅葉。

 さすがに普段ほどは警戒しなくても良いだろうと思い、店内で待たせてもらっているという訳だ。


 そして、しずるさん程ではないけれど、私も軽くお手伝いをさせてもらったのである。


「しずるさんは本当に素敵な方ね。できたらうちで働いて頂きたいけれど、難しいでしょうね」


 しずるさんを高く評価して下さるのは実に嬉しい。


「派遣社員として働いていらしたことは何度かあるそうですが、常勤はなさらないみたいですね。しずるさんは、あくまでも娘さんのお母様でいることを第一にしたいらしいですから」

「週末とか祝日とか、年末とかにいらして頂けないか訊いてみても良いかしら?」


 ……。


 正直、即答はしかねた。


 しずるさんはこのお二人を良い方、と好ましく思っているのは間違いない。私も同意見だし、女性同士のお付き合いをされている方達……先輩なので色々伺いたい気持ちもある。


 だけど。


「娘さん以外を優先してほしくない、って顔に書いてあるわよ」

 ……バレた。顔には出ない方だと思うのだけれど。


「分かってしまいましたか? だけど、お話をされるのまでは止められませんよ。そんな権利はありませんし、もし、しずるさんが希望して働きたいとお考えになれば、止めません」


「そう? なら、本当に忙しい時期だけお願い出来ないか訊いてみるわね。多分、しずるさんの娘さんはお母様が働くのは応援されるでしょう?」


「そうですね……」

 実際、由都ちゃんはそうだと思う。


 あくまでもお母さん、しずるさんの気持ち優先、の良い子だけれど。


「まあ、貴方達なら心配もないと思うけれどね。デートをするのも恥ずかしくて嬉しい時期でいらっしゃるのでしょう?」


「……その通りです。とりあえず私が同性から好意的に見られるのを嫌だと感じて下さっているのが分かって、正直舞い上がってます」

 由都ちゃん以外の人にこんな風に話すのは始めてだ。驚くほどしぜんに言葉が出る。


「貴方なら異性からも、でしょうけれど。……それを言うならしずるさんも、そうではなくて?」 


「その通りです。私の恩師でもある娘さんのお父様や娘さんが牽制をされているし、私ももちろん……。それに、皆がしずるさんに気を付けてほしい、と思っていることは重々理解して下さっているから大丈夫です。ただ……」


「貴方や娘さんに向けるくらいの注意深さを持ってほしい、って?」


「そうですね、娘さんは無理でも私くらいの分は……。まあ、これからは私も安心して自分に寄せられるそういう意味での好意には塩対応していきますよ。しずるさんに心が狭い人間と思われたくなかったから控えてましたけど。……あ、娘さんや恩師の前ではこの性分も隠してませんよ?」


「……分かるわよ、好きな人の前では人格者ぶりたいものよね。私もそうだったもの」


 そう、なのか。


 どちらかと言えばふわりとした雰囲気のあや芽さん。


 むしろ、今しずるさんと一緒に外にいらっしゃるきりりとした印象のさち江さんの方が私と共通点がある方なのかと思っていたのだけれど。


「そういう意味で好きなの、って最初に言ったのも私なのよ。……じゃあ、もう少しだけ、お話をしましょうか」


「……お願いします」


 ほうじ茶を一口頂いてから返事をした。


 ……やっぱり、良い香りだった。

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