第22話 [家庭教師 土岐みさき]芋羊羹と大切な人。
「さち江はきりりとしていて、とても凛々しかったの。それでいて温和な性格で。下級生、同級生、上級生からも憧れられていて。そんな環境で周囲の皆と楽しく過ごしていられたのは高校までね」
そこから始まったお話は、今より少しだけ昔の話で。
兄弟がいたら「女が男より良い学校に進むものではない。大学? 女には必要ない!」と言われる。
努力して就職をしても、男女で同じ仕事は配分されないばかりか、「24歳? その年齢でまだ働くの? 早く結婚しなさい」などと……。
今なら、とんでもないハラスメント発言の数々。
そんなことを女性が言われてしまう事が珍しくない時代に、無事に大学……それも理系に進めたお二人は、親友というか、戦友の様に仲良しだったという。
「お互い、家族……環境には恵まれていたと思う。さち江は私のことを親友、そして貴重な女性の学友だと大切に思ってくれていてね。大学院生だった彼氏さん……将来のさち江のご主人ね。その親友の男性を私に紹介してくれたの。男性とお付き合いをするつもりがあるならこの方はどうかしら、って」
「それって……」
さち江さんとしては、大切な親友さんに大好きな彼氏さんの親友さんを紹介したのだろう。信頼の現れだ。
でも、あや芽さんがその頃からさち江さんのことを思っていたとしたら。
「実は、私はそこで気付いたのよ。さち江のことを、恋愛として好きだったって。でも、私は紹介されたその人と付き合い始めたの。それが私の主人よ。ただ、きちんと私の気持ちは伝えたのよ。親友のことがそういう意味で一番大切だって」
え……。
「……それは、その、恋愛として、ですよね? 失礼ですがご主人は……」
「……素晴らしいと思います。って。その時に分かったのよ。……主人も私と同じなんだって」
「じゃあ、お互い親友さんのことを思っている同士で?」
なんていうのか、想像を超えた、でも、皆さんがそれぞれを思っていらしたことが伝わるお話。けれど、訊かずにはいられなかった。
「そういうこと。ただ、私と主人はお互いを尊敬していた。とても大切な人だったわ。だから結婚して家庭を持てたのは嬉しかった。さち江達ご夫婦とも家族同然の関係だったし。でも、さち江のご主人が病身になられて寿命が判明してね。そこでご主人が告白したの。……私の主人に」
あや芽さんの表情は、穏やかだった。
「……? まさか、ご主人同士は両思いだったんですか?」
「誤解しないでね。寿命が分かって、そこで、ご自分の気持ちに気付かれたのよさち江のご主人は。……さち江は幸せだったと思うわ、あの方と結婚して。もしも彼女が幸せでなかったとしたら、私は気付いたわ。……勿論、私も幸せだった。あの人と過ごせたことがね」
……あや芽さんが芋羊羹を切り、口に運ぶ。
とっさに私もそれにならった。
口に広がる素朴な甘みが心地良い。
「ご主人のお気持ちは……さち江さんはご存知だったのでしょうか?」
「当時は私も驚いたのだけれど、気付いていたらしいのよね、さち江。むしろ、悔いのないように、って告白なさいってご主人の背中を押したのは彼女で。更に驚いたわよ。私達も、さすがにご主人の気持ちには全く気付かなかったから。ご主人と私の主人は、それからは一緒に過ごす様になってね。それで、私も打ち明けたのよ。そういう意味で好きだという気持ち……自分の本当の気持ちを、さち江に。……そしたらね、『ありがとう。私から言わなくてごめんなさい』って言ってもらえたの」
……長い、でも充実した時間を経て通じ合ったお二人の気持ち。
その後はさち江さんのご主人と、約一年後にさち江さんのご主人を追い掛けるかの様に天国に旅立たれたあや芽さんのご主人とを見送られたお二人。
それからは一緒に生活をするようになっていったのだと言う。
「私の主人の三回忌の後で、それぞれの主人のお墓に二人で報告に行ったのよ。これからは二人でお互いを大切にして生きていきます、って」
あや芽さんは本当に幸せそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます、話して頂いて」
私は、無意識に礼をしていた。
「どういたしまして。お話できて嬉しかったわ。……貴方が、きちんと自分の気持ちをお相手に伝えたのは誇って良いことだから、自信を持ってね。多少の誤解もあったみたいだけれど、それも必要なことだったのかもね。大切なのは、これからよ。……今のお話は、しずるさんと娘さんには話して頂いても構いませんよ。あら、私と貴方のそれぞれの大切な人が戻って来たみたい」
確かに、戸口に人影が見える。
……大切な人。
二人のお茶の準備をするあや芽さんを見送りながら、私はまた芋羊羹を口にした。
やはり、それは素朴な甘さで。
けれど、更に深くて染みる甘い味だった。
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