第20話 お蕎麦屋さんの蕎麦がき汁粉を。

「お客様、お汁粉はお好きですか?」


 お蕎麦屋さんの休憩時間に入ってしまうと申し訳ないのできちんと時間内に退店をしないと申し訳ないので、時間を気にしながらお蕎麦を味わっていた私達。


 私が失言ぎみな言葉を発してしまったけれど、雰囲気を壊してはいなかったのでほっとしていた。


 すると、お蕎麦屋さんの店主さん(だと思う)から声を掛けられた。


 時間、はまだある。あと20分くらい。


「……お店の休憩時間の事を気にして下さってるの? 大丈夫。ライトアップの期間中、たまに紅葉の所で移動販売をしているお汁粉をよろしかったら是非召し上がってほしいの。お餅ではなくて蕎麦がきで作っているんですよ」


 既に店内には私達以外にお客さんはいなかった。


「もう『準備中』の札は掛けてあるから心配なさらないでね。他のお客様は紅葉の中での演奏を聴きに行かれたし」


 もうお一人、女性がこちらにみえた。


 先にいらしたのが店主さんらしいシニア世代の女性の方で、今みえたのが調理担当の女性だった。同年配に見える。


 お二人ともとても穏やかで、気品がある方達だ。そして、とても仲が良い方達なのが見て取れた。


 ……演奏。そう言えば、あのチラシに紅葉観覧のご案内には演奏会、と今日の日付が書かれていた。


 今回は風景目当てだから、と私達は入店前に言っていたんだっけ。


「……お節介でごめんなさいね。貴方達が、お付き合いしたてでいらっしゃるのかしら、と思ってしまって」


 ……?


 さっきの会話……? 


 私の声が大きかった? 手、は離していた……わよね。


「……あ、違うのよ。貴方達はとても静かに食事をして下さっていたわ。空気というか、雰囲気。、そんな風だったから。そちらの、姿勢が素敵な方が貴方に告白されたのではないかしら?」


「……すごい、正解です! そうなんです。つい最近、思いをお伝えできて……。五年近くかかってしまいましたが、やっと。あ、でもまだ全然、お付き合いではないんです! お伝えできて、こうやって会って頂けて、なんです!」 


 少し慌てているみさきさん。


 それに対して、店主さんは微笑んだ。


「そうなの? でも、本当に良い感じでいらっしゃるわ。もしよろしければ、お二人に私達のことをお話してもご迷惑ではないかしら?」


「私は……伺いたいです。良いですか?」


 みさきさんが私に確認してくれたので、私も肯く。


「……はい、私もお聞きしたいです」


「じゃあ、お話をさせて頂きますね。さあ、蕎麦がきのお汁粉を召し上がってちょうだい」


 出して頂いた蕎麦がきのお汁粉は蕎麦がきはもちろん、餡子も甘さがさっぱりとしていて、とても良いお味だった。


 お話はというと、お二人は学生時代からの仲でいらして、親友同士、という形でずっと側にいたけれど、ご主人同士も仲が良くて、晩年はほとんどをお二人で過ごされていたそうだ。


「お互いの主人も、私達の関係は知っていたのね、多分。二人で生活出来るように、ってそれぞれが遺産を遺してくれたのよ。それでこのお店を出せたの」


 お二人とご主人達のご関係は、私と京さんみたいな関係だったのかも。


 そんな事を考えていたら、店主さんにじっ、と見られていた。


「貴方はお子さんがいらっしゃるのね」 

 不躾に、ではなくて多分、確信を持って仰ったのが分かる言い方だった。


「お分かりになりますか? 娘がおります。高校生です」


「ええ、分かりますよ。……自慢の娘さんなのね」


「はい、世界で一番可愛くて、自慢の愛娘です!」

「はい。とても素敵な娘さんです」

 私は自信をもって。

 みさきさんは良い笑顔で応えた。


「そうなんです。だから私、この方が、私の娘と恋人になりたいと思っていてくれているのかと……。それで、すっかり応援するつもりだったんです」


 初対面の方々に、とは思うけれど、つい。


「娘さんは、私がお母様に告白をするとかを、すごく応援してくれていましたし、今もです」

「……それから、今は親友になりました、娘の父親……私の元主人も私達のことを見守ってくれています。むしろ、娘と元主人の方が、私よりも色々考えてくれていたみたいで」

 みさきさんがはきはきと、私は少し恐縮して言う。


「まあまあ、素晴らしいこと。……私も、孫娘からは応援してもらっているのよ」

「私も息子の奥さんからは応援してもらってるの。多分、こちらの貴方はずっと思っていらして」

 店主さん、調理担当さんが生き生きと言われた。


「貴方は正直、戸惑ってらっしゃるのね。……でも、嬉しい部分もおありで。それを、戸惑いと捉えていらっしゃる。……どうかしら?」


「……はい」


 店主さん。


 何故、そこまでお分かりになるのでしょうか?


「向けられたお気持ちに真剣に向き合ってらっしゃるのでしょう? それは分かりますよ。そのことだけでも、とても嬉しい、とそちらの貴方は思っておられるのではないかしら?」


「はい。……はい! 本当に、その通りです!」


 調理担当さんにそう応えるみさきさんの言葉が私には腑に落ちた。


 やっぱり、このお二人……初めてお会いしたとは思えない安心感のあるお二人。


 まるで、私の母親か、京さんのお母様、そしてお祖母様みたいな。


 「お茶もどうぞ。蕎麦茶ですよ」


 そう言って出して頂いた蕎麦茶は、香ばしくて体に染みる味だった。





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