第2話 [家庭教師 土岐みさき]好きになってもらいたい。……もらえてるんですか?

 ……うーん、さすがに指輪は性急だったかな。


 教え子でもある由都ゆとちゃんのお母様、愛しのしずるさん……。


 由都ちゃんの指定校推薦合格後は家庭教師も少しお休みしていたから、久しぶりに見るご本人。


 実は、私が告白できるように、って、色々相談に乗ってもらっていたから由都ちゃんとはほぼ毎週会っていたんだけど。


 しずるさん、やっぱり素敵だ……。


 茶色がかった髪の毛と白いお肌、黒目がちの目。うわあびっくり、なスタイルの良さ。

 同じ女性だから分かる。多分Fカップ。


 ご本人は「少しぽっちゃりなのよ……」と謙遜するけど、一度だけ就職活動に疲れていた時にふらついてしまって、よろけたのを支えてもらったことがあった。


 柔らかくて、良い香りがした。ふわふわとした気持ちになった。幸せだった。


 「ごめんなさい」 


 そう言ったのは、私。


 迷惑を掛けてしまった、というよりは不埒な考えを起こしかけた自責の念からだった。


 支えてもらえたのを良いことに、しずるさんを、抱きしめてしまいそうになっていたから。


 そうしたら、なんと。


「……ごめんなさい、はこちらが言わないと。大学と就活でお疲れなのに、娘の家庭教師にいらして頂いたからよね。ごめんなさいね。今お布団敷くから、客間に横になって下さい。落ち着くまで休んでね。先生、お一人暮らしよね。明日は大学と就職活動のご予定は?」


 逆に、謝られてしまったのだ。


 そんなしずるさんのことを、私は更に、好きになった。


 そして、好き、よりも好きになることがあるんだなあ、と驚いた。


「あ、ありません。明日は休養日のつもりだったから、お二人の顔を見て、由都ちゃんの家庭教師をして、家に帰ってゆっくり休むつもりでした」


 これは本当のことだった。

 しずるさんと娘の由都ちゃんに会えるのは就職活動中の息抜きどころか、生きがいだった。


 結局、その日は結局小一時間休ませて頂いて、しずるさんお手製の夕ご飯を三人で食べた。


 ふらついたのが由都ちゃんの授業後で良かった。


 心から、そう思った。


 その日以降、体調は改善しまくった。


 実際、その後すぐに私は第一志望に内定を決めた。超、ではないけれど、一流企業といわれる就職先だ。


 この内定は、二人のお陰だと信じている。


 まあ、愛しの君と癒やしの教え子と、意味合いは違っていたけれども。


「みさきさん、みさき先生……?」


 あ、いけない。由都ちゃんに心配かけてる。


 回想終了。


 私がやっと、やっとしずるさんに告白出来たことをあんなに喜んでくれたのに、ごめんね、心配させて。


 もしかしたら、しずるさん、この指輪のお金、カード払いとか、私の親にお金を借りて、とかだと思っているのかなあ。

 だとしたら、不審に思われても仕方ない。


 とりあえず、同性恋愛についてはご理解を頂けていることはさっきの電話で確認出来たし。


「しずるさん、この指輪は高校生までのお年玉貯金とそれからバイト代で購入しました! あと、指輪のサイズは由都ちゃんに聞きました。フリマでご家族お揃いで購入した指輪のサイズを覚えていてくれたので。あ、結婚というのは、由都ちゃんと三人で暮らせたら、という意味です。どうでしょうか?」

 

 真剣な表情で言えた……よね?


「え、ええと、ね。先生……。ごめんなさい」


 ごめんなさい、だったかあ。

「そう、ですか……」


 諦めるつもりはない。

 だけど、しずるさんの気持ちはしっかり聞かないといけない。


「ごめんなさい、はあの、娘と先生、貴女がお付き合いをしたいと思っていた事に対して……なの。だって貴女達、毎週のようにお出掛けしていたし、メッセージの遣り取りとか電話とかも多かったし……」


 あ、あれ? そういうごめんなさい?


「……え、そうだったの、お母さん! 確かに私、先生……みさきさんの良い所とかたくさんお話してたけど……」


 由都ちゃんも、目を丸くしていた。


「……そう、だったんですか。じゃあ、しずるさんが私をお嫌いとか、では……」


 嫌われてはいない、と思う。


 だけど、もしかしたら、と思わずにはいられなくて。


 もしも……だったら? 


 言ったのは自分だけど、これはかなりきつい。苦しいな。


「嫌い? そんなことはないわよ? 愛する娘のお相手として相応しい方と思っていたし、今も……その……人間的には好き……よ?」


「……好き」


 すき……!


 私こと、土岐みさき。


 正直言って、昔から男女共にモテる人生だった。大学生の今も同じ。


 好き、と言われたり付き合ってほしい、とか手紙とかはかなりの頻度だと思う。正確な数字は正直数え切れていない。


 例えば、バレンタインデー。


 小学校、中学校はお菓子の持ち込みは禁止だったから助かった。

 家に直接、の時は知り合い以外は親が断ってくれていた。ありがたかった。


 だけど、高校に入ってからは凄かった。付属中学もある名門女子高校。

 中学校までは公立でという両親の考えに私も賛成した結果だったのだが、本当に驚いた。

 

 それは、忘れもしない、高一の時。


 段ボール箱単位のチョコレート。

 持ち帰るのが大変だった。無記名のものは処分しなさい、と言って周知徹底してくれた学年主任の先生には今も感謝している。


 ホワイトデーはその先生ともう一人の恩師、所属していた物理部の顧問の先生というお二人の協力を得てお返し配布の時間を作ってもらえた。

 高二からは学校側に事前に許可を得て、直接渡してくれた人にだけその場でお返しをする仕組みにさせてもらった。

 お返しが品切れになった人には後日配布。日時指定で同じお返しを取りに来てもらったから不満は出なかった。


 そんな感じだったけど、私から誰かを好きになったことは無くて。

 家族のことが好きだったくらいで。


 だけど、今はバレンタインデーは楽しみの一つになっている。


 ホワイトデーに私がちゃんとお返しをするのは家族だけだった。ごくたまに、友人にもだったかも知れない。

 

 そこに増えた、特別な二人。


 そして今、その特別な二人の内の一人……。 

 

 初恋の女性に好き、と言ってもらえました。


 そういう意味ではないのは、理解しています。


 でも、すごく嬉しいよ!



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