ガラスペン

 外付けメモリーの本体は単なるチップだけれど、それに合わせる外装を選ぶのに時間がかかってしまった。

 悩んだ末、いつも使っているカードサイズで、ブッコローが楽しそうに踊っているような絵が描いてあるものを買った。ライブラリーで見慣れたせいか、ブッコローを見るとライブラリーを連想するので、資料を入れておくにはちょうど良い。

 他に何か買うものがあったかな、何か新作はないかな、とフロア内を一回りしていたら、そこに綺麗なガラス製品があったので、思わず立ち止まってしまった。

 私は今書いているレポートのテーマがベネチアン・グラスなので、ガラスの工芸品を見かけると、つい見てしまう。

 それはベネチアン・グラスとは違うけれど、デザインされた棒状のガラスで、商品名には『ガラスペン』と書いてある。

「え、ペンなの?」

 思わず口に出してしまった。すると近くを通りがかった店員さんが、

「ガラスペン、ご存知ないですか?」

と声をかけてきた。

「はい。あの、これってペンなんですか?どこからインクを入れるんですか?」

 私は思わず問い返してしまった。

 店員さんは、

「ガラスペンは付けペンなんです。ペン先を瓶のインクに浸けて書くんです」

と教えてくれた。

 そういえば一緒に小瓶も置いてある。これがインクらしい。

 しかし、付けペンというものがよくわからなくて、どうなっているんだろうとじっと見ていると、

「よかったらガラスペンで書いてみませんか?あちらに試し書き用のガラスペンがありますので」

と店員さんが勧めてくれた。私は、そのちょっとお高い値札を見ながら、

「あ、いえ、買うつもりはないんで…」

と腰が引けてしまったのだけど、店員さんはメガネの奥から強い眼差しでガラスペンを見つめながら、

「それは全然構いません。まずはお客様にガラスペンっていう素敵なものがあることを知ってほしいんです」

と言った。

 私は勧められるままに、カウンターでお試し用のガラスペンに触らせてもらった。

 さっき見たものよりはシンプルなものだったけど、ガラスのような壊れやすい物はめったに触らないので、恐る恐る握ってみる。

 ガラスペンはひんやりとして、思ったよりも重さがあった。

 店員さんに言われるままに、瓶の中のインクにちょこんとガラスペンのペン先を浸してから紙に書いてみると、想像以上に長く書くことができるのに驚いた。

 試し書きをしながら店員さんは、色々なことを教えてくれた。

 付けペンの仕組み、ガラスペンの軸の美しさ、ペン先の書きやすさ、紙によって違う感触、そしてインクの色の美しさ。

「この感触とか色合いの変化とかを楽しみながら書くのがガラスペンなんです」

と店員さんは言う。

 楽しみながら書くと言われて、私はそんなことを考えたこともなかったと気づいた。

 手書きを習うのは小学生までで、大学のレポートも友達へのメールも端末で済ませる私にとって、字を手書きするのは本当にちょっとしたメモ書きがほとんどで、一時的に書いて捨ててしまうようなものだった。

 しかし世の中には書くことを楽しむ、という人がいるらしい。

「でも結局は趣味の世界ですからね」

と店員さんは言う。

「もう今の時代、手書きがそんなに大流行したりはしないと思いますけど、手書きでしか味わえない感覚を感じることができる道具の一つとして、私は一人でも多くの人にガラスペンを体験してほしいです」

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