第5話 好きな子いるの?

「ただいま」

彩音あやねが帰ってきた。

「おかえりなさい」

玲子れいこたかしは今日のことを伝えなければいけないとは思うものの、玲子たち二人も心の整理がついていなかった。まだ、話を切り出すことができない。


「今日も部活だったの?」

「そうよ。でも、そろそろ休みになるかな」


 テレビを見ながら晩ご飯を食べる彩音。父親の隆は寝転がってテレビを見ている。


 果物の皮をむきながら母親の玲子が彩音に聞く。

「彩音は好きな子いるの?」

「ええ? なんで急にそんなこと聞くの?」

「急だったかしら」

「急じゃない。そんなこと聞いたことないじゃない」

「そうだったかしら?」

「そうよ。だから、好きな人がいるか、知らないんじゃないの?」

「そうね。じゃあ、教えてよ。いるの?」

「付き合ってる人はいないけど」

「なんか意味ありげな言い方するわね」

「好きな子はいるかな」

「いるんだ。部活の子?」

首を振る彩音。

「じゃあ、クラスの子?」

首を振る。

「ちょっと待ってて」


 彩音はピアノの部屋に行く。ピアノの部屋には楽譜や音楽関係の本、音楽雑誌も置いてあった。彼女は一冊の音楽雑誌を持って来た。


「私が好きな人は、この人よ」


 そのページには微笑んでいる少年が載っていた。


『第二十三回ピアノコンクール 金賞受賞 澤井和也さわいかずや


驚いた表情で彩音を見る玲子。思わず手に持っていたリンゴを落としてしまった。

「あ、リンゴ落とした。洗ってよね」

「え、ええ」

「どうしたの?」

「どうして、その子を知ってるの?」

「私今でも時々ピアノ練習してるのよ」

「ええ、知ってるわ」

「たまたま音楽雑誌見てたら、このページが目に入って、かっこいいなって思ったの」

「そうなの……」

受け答えがぎこちない。

「なんで、そんなに驚くの?」

果物を盛りつけてテーブルに出す玲子。

「リンゴ洗ってくれた?」

「ええ、洗ったわよ」

玲子は彩音の前に座る。父親の隆も来てオレンジを食べた。

「へえ、彩音はその子が好きなのか。いいじゃない」

「コンクール金賞受賞者よ。どこかでコンサートでもしないかなあ。そしたら見に行くのに」

「……」

何か考えるような表情の玲子。

「どうしたの? お母さん」

彩音は少し様子のおかしい母親が気になった。玲子が言葉を選ぶように言う。


「彩音、その彼と会ったことあるわよ」


「え……」


オレンジを口に運びかけた彩音の手が止まる。

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